寝室を霧のようにゆったり包む、戦前に流行ったシンガーのメロウに耳を傾けていた。真上にのし掛かった男の激しい息遣いとはリズムがまるで違う。二つの呼吸がどのタイミングで交わるのか、揺れる頭で想像していた。

「っく、おぉ……っ、締まる、ぅっ」

男が両方の手首を掴んだまま、手綱のように引っぱり腰を打ち付けてくる。太腿がぶつかる度に、張り詰めた陰嚢が尻にびたびたとあたる。どこか間の抜けた音だが、初めて味わう刺激のように目を細めた。

「あ、ぁ、おじさん……」

「はぁッ、これが好きなんだろ、ほら」

「ん、……だめ……」

顔を上にのけぞって、これ以上は耐えられないと伝えるように、首を左右に振る。男は一層興奮し、顔に息がかかる距離まで覆いかぶさった。発情しきって、喉を開いて腹の底から呼吸を求める獣のような息だ。膝で男の腰を両側から挟み、ねだるように見上げた。

「ああ、出る、出るぅ……ッぉ、おお……っ!」

乱暴に引き抜いて胸をまたぎ、顔に向かって扱いてくる。口を開けて舌を捧げると、凄まじい勢いで精液が顔中に飛び散った。

「ん、っ……」

頭の後ろに大きな手が回り、ペニスと引き合わせるように近づけられた。亀頭を口に含み、奥へ飲み込んだ。まだ脈打つ尿道を舌で擦り、顔を前後に動かして搾り取る。尿より強烈な苦味が喉から鼻を抜けていく。

「うお……っくぅっ」

尻をひくつかせながら、男は興奮に喘いでいる。

すぐに体をうつ伏せにひっくり返され、大きな体が背中にのしかかった。一発出せば満足するかと思ったが、萎えるどころか勃ちっぱなしだ。歳の割に元気なオヤジだと感心するしかない。

中に入ってきたものが、奥を求めて動き出す。抱き寄せた枕に顔を突っ伏した。

「あ、あっ……んぅ、っ、ん」

顔を隠している方が、声を出す事に集中できる。

男は下から突き上げるように体を揺すっていたが、やがて腰の位置をずらし、上から叩きつけるように動きを変えた。

「っ、ほら、どうだ?さっきより、もっと気持ちいいだろっ……」

「あ……きもちいい……っ」

枕に顔を押し付けて、肩甲骨をくねらせた。これほど動いているのに、一瞬でもいい所に当ててくれない。腹の奥を掴まれるような鈍い衝撃だけが体に響いていた。

「んぉっ……また出る……!中に出すぞ……ッ」

汗と体液を吸ったシーツが何度も皺の形を変える。動きに合わせながら、ため息に小さな悲鳴を混ぜて男の絶頂を受け入れた。

「ひ、んぁ、おじさん、あっ……う」

男が深く腰を上下させながら直腸に精液を注ぐ間、不随意に見えるように括約筋を何度もひくつかせた。足をできる限り内側に歪めて、枕やシーツをかきむしる。

「はぁっ、あ、……くぅ……ぁ、ぁっ」

声帯がよく震えるように喉を引き絞って、裏返る寸前の声で啜り泣くように喘いだ。

「……あーあー、ケツだけでイっちまったか」

呆れたように髪を撫で回された。射精の喜びで知性が吹き飛んだ男に、微細な演技などわかるはずもない。

ペニスを引き抜かれた後、首筋から耳までねっとり吸われて背筋が震えた。

「んっ……」

ため息と同時に声が漏れたのは、単純に怖気が走ったからだ。同時に、こいつは自分を一度で気に入ったのだと確信した。

 

 

ベッドに横たわり、ガウンを羽織った男は葉巻を片手にタブレットを眺めている。

「……おじさん、APEXゲーム好きなんだね。意外」

「そうか?」

煙を口にためながら、男は何でもないように笑った。

APEXゲームはアウトランズ中の人間が注目する競技で、ネットでのライブ配信が盛況している。男が開いているフィードには昨日デビューしたばかりの新しいレジェンドについて、コメントが目まぐるしく流れ続けていた。

「俺はこう見えても、昔はサンダードームに通って、仲間と毎週みたいに賭けをやってたクチさ。その時の連れと組んで、今じゃソラス中で採掘を仕切ってる。次の会場になりそうな場所に見当つけてな。まぁ現場に行くのは連れの方で、俺は金と口を出す側だが」

十分な金を与え、好きなだけ射精して、目に見えて気が大きくなっている。事後は追い出すように扱ってくる男もいるが、今日は当たりを確信していた。熱心に演技に徹した価値があった。

「へえ。おじさんって、やっぱりすごい人なんだ」

「大した事じゃない。けどお前がゲームを見たいっていうんなら、アリーナで最高のシートに座らせてやるよ。デカい劇場を貸し切って、ライブビューイングでもいい」

男の肩にもたれかかり、夢を見るように呟いた。

「じゃあ……連れて行ってもらえるように、勉強しなきゃね」

「お前、難しいことはわかんないもんな。おじさんが何でも教えてやるよ。何でもな……」

 

自慢話だけでは収まらず、再び男のペニスを咥える羽目になった。まだやるのかと呆れたが、さっさと終わらせるしかない。顔を股間に押し付けて、根本までみっちりと咥えた。喉周辺の粘膜を使って亀頭を飲み込むように包み、そのまま激しく小刻みに吸引した。これに1分以上耐えられた男はいない。10秒もすれば咳き込むように喘ぎ出し、次の10秒で腰をびくびくと揺らしながら、濁りの薄い精液を惰性のように噴射した。

さすがに溜まったものは出尽くしただろうが、それでもまだ離そうとしない。早く解放しろと思いながら、口に含んだ先端を頬の内側で擦っていたが、段々反応がなくなっていく。ちらりと顔を上げると、男は足を開いたまま無防備に寝息を立てていた。

「……」

ようやく仕事が終わった。喉は焼けるように熱く、顎にいたっては感覚をなくしかけていた。吐きそうになるのを堪えながら口を拭い、体を起こして浴室へ向かった。

 

汚れた体を洗い流すためにシャワーを浴びた。しかし体はずっと、中途半端な昂りを与えられたままだ。いつもより質の良い情報を取れたのはともかく、性的なフラストレーションには逆らえない。

壁にもたれかかって、精液がたっぷり詰まっている秘部に指を入れた。体の内部から漏れる、異物を咥え込む瞬間の小さな悲鳴。噛み締めるように一度目を閉じ、深く息をついた。

「はぁ……」

指の腹で、臍に近い場所をなぞる。指の付け根に力を入れて優しく突けば、それだけで背筋に痺れるような高揚が走った。

「ぁ、く……んっ」

自分の指がまるで別の生き物のようだ。二本の指と肉に擦られてぐじゅぐじゅと卑猥に泡立つ精液は、今になって媚薬のように体をたぎらせる。血潮が集まってきた自分のペニスを掌と指でゆっくりと擦り、呼吸と動きを馴染ませていく。

「んん……!ぁ……はぁ」

脳裏に現れるのは先ほどの男だ。彼によって、別人のような手付きで好きな場所を触られる想像にふけった。粘膜が熱くとろけるにつれて眼筋が鈍り、視野が頼りなく狭まっていく。足元の黒いタイルを虚ろに凝視しながら、本能に急かされるまま強く握って扱いた。尻に入れた指の動きがおざなりになっていくが、それでも敏感に高まった熱の隙間にうずめているだけで、たまらない良さだった。

「はぁ……ッあ、いっ……く、」

呼吸で大きく上下する腹筋が、期待でぴくぴくと小さな痙攣を起こしてきた。長時間与え続けられた退屈な刺激とは比較にならない、甘く激しい快楽の波に飲まれていく。

「ぁ……っく、ん!ん、ぁ……ッう」

声を押し殺して、絶頂に身を震わせた。熱い芯を握り締めた手のひらが、噴き出した精液でぐっしょりと濡れていく。射精に合わせて、指を浅く飲み込んだままの秘部が連続して収縮し、淡い疼きが腰を包む。自らの声や呼吸にさえ敏感になり、うっすらと涙がにじんでくる。

「はぁッ……はぁ……は……っ」

まだ震える手でレバーを捻った。熱いシャワーに押し流され、あっという間に排水溝に飲まれていく、白く濁った渦。壁に顔をつけて呆然と見つめていると、やけに笑えてくる。こんなものを他人の喉や排泄器に注ぎ込むため、ただそれだけのために、惜しみなく金を出す人間がこの世には山ほどいるのだ。

(……馬っ鹿みてぇ)

 

 

 

男の部屋を出たのは深夜。前払いに加えて、時間延長の金を受け取った。見積もっていた金額に、かなり色がついている。おそらく近いうちにリピートしてくるだろうが、これ以上同じ人間から同じ種類の情報を探るのは危険だとも感じた。

部屋に戻り、寝室でラップトップを開いた。暗い部屋に灯るモニターの光が主の帰りを待ちわびたように、淡い電子の波を作った。

 

シンジケートに追われる身になって数年が経つ。ようやく築きかけたアイデンティティを奪われ、別人として生きる事を選択した。

たった一人で巨悪に立ち向かうアクションヒーローに比べれば、現実はほど遠い。相手は巨悪を絵に描いたようなマーシナリーシンジケートだ。立ち向かおうにも、後ろ盾のない人間一人はあまりに弱すぎた。

テジュン・パクはシンジケートが手がけるAPEXゲームの開発者だったが、彼らが持つ技術と知的財産は膨大で、複雑なねじれをはらんでいる。ハックしたデータバンクの情報を盗むだけでは到底足りない。物好きの男達に体を売り始めたのはつい最近だ。モニターの向こうにいる生きた人間の弱みを掴み、データにない不確定なノイズを抽出する事が目的だった。一つ一つは重要でもない微細なノイズの集合から、答えを導き出すのは途方もない作業になる。自分の体を使う事に、今更躊躇はなかった。情報は正誤や清濁を問わず、金のある人間の元へ集まってくる。それを得るためなら、たとえどれほど体を汚され、尊厳を踏み躙られても構わなかった。

生きる事を「死なない事」と同義にするのなら、話はここまで複雑にはなっていない。成し遂げなければいけない事がある。見失ってしまった「彼女」を探す事。何物にも変え難い家族の行方を突き止め、無事でいるなら絶対に救わなければならない。彼女を救えない限り、もはや自分に生きている意味はない。

 

男が話していた「昔からの連れ」の身元を探ると、ソラスの各地で大会用地確保のサルベージを取り仕切っているのは本当らしい。性癖が当たりなら、接触をはかってもいいだろう。ただし、採掘はシンジケートが財と権力を膨らませてきたメイン事業だ。近づきすぎるのは無謀な行為になる。こいつがあらゆる意味で「ちょうどいい男」なのか、監視して判断するのには数日かかりそうだった。

そこまで考えてモニターの時計を見ると、もう明け方になろうとしていた。固く締め切った窓に朝陽は届かない。ラップトップの画面を閉じてベッドに横たわった瞬間、溶剤に浸かるような強い意識の混濁を感じた。

そのままひたすら眠り、次に目を覚ましたのは限りなく夜に近い夕刻だった。スマートフォンをチェックしていると、一件のメールで手が止まった。

この仕事は有益な情報と同時に、それなりの金が稼げる。情報が欲しい場合は昨夜のように自分から売り込む事がほとんどだが、一定額の金を定期的に得る手段として、会員制のウェブサイトから依頼を受けていた。売る人間と買う人間をニーズに応じて引き合わせる、わかりやすく便利なシステムだ。ただし大勢の買い手に対して、売り手となる人間は非常に少ない。商品に値するものかどうか、運営による入念な「審査」を通す必要があるからだ。

届いたメールは、このウェブサイトを通したものだった。プロフィールは非公開になっている。この世界では、やましい事情のない客を探す方が難しい。特に買う側は、社会的な理由で素性を知られたくない人間が多いのだ。

メールを何通かやりとりして、今夜会う事になった。待ち合わせ場所に指定されたのは、ソラスシティのナイトタウンにある小さなバーだった。場所を確認してシャワーを浴びた後、夜に溶け込むように黒いコートを羽織った。

 

ソラスシティの夜にも随分慣れてきた。乾燥地帯独特の、やけに冷え込む夜の空気は人間の孤独感を刺激するようだ。酒と娯楽を求め、今夜も街には野蛮な目つきの群衆があふれていた。

ネオン同士が反発し合うようにひしめく街の一角で立ち止まる。「パラダイスラウンジ」の看板を確認し、静かにドアを開けた。

癖のある髪を顔に流した男がカウンターから身を乗り出して、笑顔を見せた。

「いらっしゃい。見ない顔だが、歓迎するぜ」

カウンターを挟み、男の正面に座った。

「ご注文は?」

「……探してるものがあるんだ」

「へえ、言ってみな。ウチにない酒はないぜ」

わずかな時間、目を伏せた。用意していた言葉を、今一度頭で反芻する。

「……思い出せない」

「ん?なんだって?」

「……思い出せないんだ。その夜だけは、俺を心から酔わせてくれたのに……今じゃ、どこにいるのかわからない。蜃気楼みたいに遠い場所に立って、俺を笑ってるのかもしれない」

待ち合わせの約束に補足された「合言葉」だった。バーテンダーは古い友人だから、彼を通して店に呼ぶ事になっているのだという。しかし口に出せば何とも抽象的で安っぽく、合言葉にしては長いし、ついでに恥ずかしい台詞だ。プライベートで言う機会は、きっと一生来ないだろう。

「ふーん。……とにかく、一杯作ってやるよ」

バーテンダーが背中を向け、酒を作り始めた。

普段感じない種類のストレスを感じ、額を押さえてため息をついた。横目で店をさりげなく見渡す。設備は古めかしいが、愛着を持ってよく手入れされている。繁華街の飲食店は移り変わりが激しく、多くの店はオープンしてもすぐに潰れてしまう。おそらく昔からある店なのだろう。しかし今夜はなぜか、客がいないようだ。

目の前に出されたのは、真水のように透き通ったジンにオリーブが添えられたカクテルグラス。マティーニは趣味じゃなかったが、男は口元を人懐っこくくつろげている。

グラスを受け取り、一口あおる。舌で泳がせるには熱すぎるほどだ。起きたばかりでシリアルくらいしか食べていない胃を、容赦なく溶かされる心地がした。

「アンタ、秘密が多そうだな。どっかの腕利きなエージェントってところか?」

グラスから離れ、テーブルを歩くように擦るバーテンダーの指には、ヒエログリフを思わすタトゥーが緻密に刻まれている。タトゥーを入れている人間は珍しくもないが、神経が集中した五本の指先全てに彫るのなら、よほどの意味があるのだろう。ぼんやりとカウンターを眺めるふりをして考えていたが、少し意識を取られすぎていた。

「……けど、あそこに載せてる写真より本物のがずっといい。モロに俺のタイプだ」

急に近くなった声に、手元から男へ目線を上げた。カウンターを介して、男の顔が前のめりに迫っていた。予想外でしばらく声が出なかったが、その間にも遠慮なく色んな角度から顔を覗き込まれる。

「んー、……見た目より結構いってるか?案外、俺と同じくらいだったりして」

「……」

「待てって、褒めてるんだぜ?俺はアンタがタイプだが、生憎ガキは好きじゃないんだ。アンタみたいな人種は、こういう仕事ならお得だよなって事さ。歳食っても童顔だし、肌もスベスベだ。これくらい見た目が若けりゃあ、本物のガキが好きな変態オヤジも興奮するだろうな」

「……そう?」

不思議そうな顔で流してやったが、ずけずけとした物言いに内心苛ついた。この男、こんな仕事をやっている癖にまるでマナーがなっていない。

ただこいつが買い手だとわかった途端、妙に気になった。このデリカシーに欠けた、いかにも軽薄そうなバーテンダーのルックスだ。派手な目鼻立ちは嫌味なほど自信にあふれている。元々の髪質なのか、カールした長い前髪にはスパイスのようなきつい整髪料が揉み込まれ、身振りのたびに香りが振りかかる。肩幅の広い長身と、シャツに押し込まれた筋肉質の体格。ロマンス映画に出てくる情熱的な色男そのものだった。バーは道楽で、本業は俳優かモデルでもやっているのかも知れない。

相手に不自由した事などないような人間が、わざわざアンダーグラウンドに根を張った売春サービスに高い会員費を払っている。確実に訳ありなのだろう。そう考えると、指に刻まれたタトゥーも尚更気になってくる。

「おいおい、どうした?」

「え?」

「俺みたいなイケてる奴が金でコソコソ男を買うなんて、信じられないって顔だな」

思った事を全て言ってしまう性格らしい。飾り気のないストレートな言い様に応えるよう、軽い笑顔を返した。

「……そうだね。買ってくれる人がみんな、お兄さんみたいな人なら嬉しいんだけど」

「上手なこった……気に入ったぜ、そいつは俺のおごりにしてやる」

「ふふ。どうも」

すでに上機嫌だった。グラスに口付ける動きを追いながらも、舐めるように顔や体を見つめてくる。しばらく目で楽しんだ後、思い出したように財布を出し、テーブルの上に金を広げた。

「そうだ、金か。えーと、こんなもんか?」

金を受け取り、指で数えて胸元に収めた。

「……いいね。ありがとう」

現場で売り手が受け取るのは、いわば心付け、チップのようなものだ。これにオプションや時間延長がつくほど儲けになる。リピーターが増えれば評価も上がり、ボーナスも入るようになる。こんな仕事を物心つく頃からやっている人間もいる。きっと普通に働くのが馬鹿らしくてたまらないだろう。

男がカウンターを離れ、隣のスツールに腰を下ろした。これからどこに連れていかれるのか想像していると、目の前でシャツの襟を緩め出した。

「どうしたの」

「アンタ見てたら、もう待ち切れねぇ。いいだろ?」

「……ここで?」

目線だけで店を見渡した。店内はバックヤードを含めて他人の気配はしないが、外は違う。ドア一枚では遮れないざわめきが聞こえてくるほどだ。

「大丈夫だって、今日は予約オンリーなんだ」

そんな理由で突然の客を追い払えるようには思えないが、一度火がつくとその気を抑えられないらしい。

「……わかった。お兄さんだから、特別だよ」

男がエプロンをめくる。半分緩んだ唇から舌が覗いていた。

「あぁ……早く、舐めてくれよ」

男の足元に恭しく膝をつき、スラックスの前に顔を寄せた。布越しに指でなぞり、形を確かめる。たくましい体型に相応しい手応えだった。これが一体どれほどのサイズまで膨らむのか想像すると、若干の寒気がした。

「すご……」

見とれるように呟き、スラックスの上から、母親の乳をさぐるように膨らみへ顔を押し付けた。唇で陰茎の根元をかぷりと挟み、顔を捻って吸い付き、優しく形をなぞった。

「ん……」

小さなため息を吹きかけると、頭の上で男も愉悦気味に声を漏らした。

「お……っ、あぁ」

どんどん硬くなり、服に収まっているのが目に見えて窮屈そうだ。ベルトを外して、下着に指を引っ掛けた。焦らすように下げていくと、勃起したものが弾むように飛び出してきた。

恐れが半分、好奇心が半分の顔で上目遣いをしてみせた。

「……お兄さんのが、今までで一番大きい」

見下した格好の男が、目を細めて笑う。

「……なぁ、一ついいか」

「ん……何?」

「その可愛ぶった喋り方さぁ……そろそろやめてくんねぇかな」

「……」

動じないふりをしたが、頬の筋肉がかすかに引き攣る。

「アンタ本当は、そんなんじゃねぇんだろ……?オッサンにはウケるんだろうけど、……俺にはピンとこねぇんだ」

悪びれもなく、しかし否定を受け付けない据わった目つきだった。

やはり、感じの悪い客だ。初回だから尚更愛想良くしているつもりだったが、気に入らないらしい。だが金を受け取ったからには、満足させるサービスを提供しなくてはならない。

何も言わずに目線を合わせながら、亀頭を舌でくすぐった。味見をするようにくびれから先端を何度も舐め上げる。舌を左右に動かして果実のように転がし、次はまるごと口の中に含んだ。

「あっ、すげぇ……」

男の腰が軽く浮き、そのまま硬直する。先端を舌と上顎で扱きながら、根本の部分を掌で擦り隙間なく刺激した。

ペニスの表面には血管がいくつも張り出し、亀頭が大きく膨らんできた。顔を動かすだけで簡単に喉まで届き、むせそうになるのを堪えた。

「ん、……っぐ、」

昨夜、嫌になるほど酷使した喉だ。これ以上激しい動きを期待させないほうがいいだろう。舌を丸めてゆっくりと喉に招き入れ、そして惜しむようにゆっくりと抜く。唾液を泡立たせながら、執拗に繰り返した。

「あァ、っ、く、はぁ……っ」

もどかしそうに、強い力で髪を掴まれた。強引にされるかと思ったが、甘えるように腰を緩く擦り付けてくる。喉奥まで咥えたまま、舌の根で裏筋から雁首を強めに扱いた。

「やば、……っあ゛、いっ、い……ッあぁ」

「……っ」

反応が良すぎると思ったが、この数秒で急激に違和感が増した。男の腿が電流を流されたようにがくがくと震え、顔を真上にのけぞらせて堰を切ったように大きな声をあげ始めた。

……明らかに様子がおかしい。痛ましいほど勃起して蜜を垂らすペニスから口を離して、上半身を見上げた。

「……おい」

「ぁ……あは、ぁ……」

完全に上の空だった。仕方なく立ち上がり、男の乱れた襟を掴んで無理やり上を向かせた。

「おい、」

「ぁ……はやく、続き……して」

口淫だけではあり得ない、ひどい酩酊状態だ。目はろくに焦点が定まっていないが、天井の照明を受けてもなお、瞳孔は角膜に迫るほど広がりきっている。あまり想像したくなかった可能性が現実味を帯び、気を重くさせた。

「お前……、薬やってるのか」

「……ぁ、は、はは、ッ」

男は唇を引き攣らせて笑っていた。

「だから何だよ……アンタだって、頭が痛けりゃ、鎮痛剤くらい使うだろ……同じじゃねぇかよ」

「……チッ」

話が通じそうにない。

「それより、アンタ……そっちの方がイイよぉ。目つきまで、変わるんだな……ぁ……はは……たまらねぇ、すげぇ好み」

見上げてくる顔は待ち焦がれていた恋人を目にするよう、うっとり緩んでいた。

 

……ソラスにも一応法律はあるが、スオタモのように路地裏まで隙間なく監視されているわけではない。この街は自由だ。薬物はもちろん、窃盗、詐欺、暴行、何をやっても誰も止めようとはしない。しかし欲望を持て余した者は、また別の欲望を持て余した者に潰される。この街のバランスが崩壊しないのは、ろくでなしが違いに潰し合う自浄を繰り返しているからに過ぎない。

自由という魅力的な権利には自己責任が伴う。生きていく上で重要なのは、目の前にいるのが厄介な人間かどうかを判断し、巻き込まれないように賢く振る舞う事だ。

この有様にはうんざりする。独りよがりのセックスに付き合わされるのは慣れているが、ここまで深くトリップした相手には言葉や常識が通用しない。その上、いかにも体力がありそうな男だ。翌朝か、昼を過ぎても犯され続けるかもしれない。

 

「はぁ、あぁ……ダメだ……もう、我慢できねぇ」

興奮しきった男は椅子に膝を乗せて、背を向けるようにテーブルにもたれかかった。

「こっち……舐めて」

自らの手で尻の肉を開き、服従を思わせる姿勢でそこを見せつける。

「……っ」

口には出さなかったが、言葉にしかけた驚愕を飲み込んだ。指先と接した穴の周辺に、同じ模様のタトゥーが刻まれていた。シャツがめくれて背中が半分見えているが、背中を含めて、他の場所にタトゥーは入っていないようだ。指に入れるくらいなら全身に絵が入っているのだろうと一方的に想像していた。

しかし、同時に得た確信と照らし合わせれば納得がいく。こいつは間違いなく、男に犯されて喜ぶタイプだ。センスはともかく、指と尻に視線を引きつけてペニスをねだるというアピールは十分に汲み取れた。

尻を掴み、顔を近づけた。期待に赤くなった場所に舌を這わせてやる。

「はぁっ!あぅ、んン……!」

これまでとは明らかに違う、高い声を出し始めた。求めるための言葉が出ないのか、後ろ手で強く頭を押さえつけられる。よく張った肉に顔を埋めて、舌の先を埋めた。中をくすぐるように抜き差しで刺激すると、首を左右に振ってもがき出す。

「ぁ゛!っあ……っそれ、やばい、っ」

舌が溶けそうだ。ここに来るまでにすでに慣らしていたようで、熱く柔らかい秘部は敏感にひくついていた。

「あ゛、ぁっひ、い、っんんぅ」

髪をかき回してくる手が邪魔だったが、唾液の音を強調させて中を入念にねぶり、そして惜しむように舌を引き抜いた。ぷっくり盛り上がった秘部が唇をすぼめるように収縮を繰り返していた。

「……言えよ。どうして欲しいんだ?」

「ぁ、……ここ、ッ、いれて、はやく、ぅ」

顔が熱くなり、息が一層荒くなる。熟れた秘部に口付けながら、手探りでベルトを解き、下着をずらした。柔らかい舌を難なく受け入れるくらいだ。これ以上慣らす必要はないだろう。

先端を押し付けると、熱い肉が絡みつき、そのまま奥まで飲み込んでくる。粘膜が抵抗なく触れ合い混ざり合うのを、どこか他人事のように見下ろした。

「んぁ、はぁ……ああぁ……!」

男は嗚咽に近い喜びの声を上げた。汗に光る尻を手のひらでなぞりながら、白いシャツを背中まで捲り上げた。彫像めいた背中の筋肉を見下ろしながらシャツを両手で強く掴み、優しく抉るように中を突いた。

「ぁ……ん、ぅあ!ハァッ、あッ、あぁ」

すでに体の底から感じ入るような声だ。『いい』場所はよく知っている。腹に近い、浅い場所に押し当てながらゆっくりと奥を探っていく。

「い、そこ、いッ、いい……ん、っくぁ」

悶絶するスポットを続けて圧迫すると、背筋にたちまちびっしりと鳥肌が浮いた。

「あ、ッいっ、く、……お、っ……い、ッぐ、ぅんっ、んんんっ!」

引きつった喉から絞り出すような声を出して、しばらく動かなくなった。

少し顔を傾けて見ると、震える脚の間から、精液が長い糸のように滴っていた。馴染ませるための動きで、もう達してしまったようだ。しかし、これでは到底終わらないだろう。

カウンターに手をつかせて、後ろから片方の太腿を軽く持ち上げるように抱いた。

「しっかり掴んでろ……いいな?」

立ったまま、こいつの全体重は支えられそうにない。腰の高さのカウンターから手を離さないように促すと、朦朧としながらもどこか嬉しそうに頷いている。高圧的な態度を取られる事で快感が際立つ性癖らしい。こっちがビジネスで使う言葉遣いを気に入らなかった理由がよくわかった。

「ん……」

もう一度挿入する。根本から持っていかれそうな刺激に耐えながら、抱きつくようにして奥を突いた。

「ッあ、ぁひっ、あ、はぁっ」

とろけきった声ですぐに喘ぎ始めた。強い圧を伴い引き締まった肉を使って、自分が望むままに犯した。

揺さぶる度にカウンターが軋む。男の足元に絡んだ椅子がガタガタと鳴る音、緩めたベルトの金属部分が擦れる音、肌と粘液が重なる音が淡々と響いていた。

「あ゛、ん、はっ、はぁっ、あぁっ、はッ、はぁあっ……」

短い悲鳴をあげ続け、喉が切れそうなほど呼吸に意識を取られている。顔を掴んで口付けると、待っていたように分厚い舌が吸い付いてきた。

「んぅう、う……ぐ、ン、ふぅ」

喉を鳴らし、飢えを満たすように唾液を飲んでいる。口付けている間は振動を与えずに、肌を擦り付けて奥を深く味わった。密着した腰が幾度か波打ち、ペニスを咥えた肉孔がもう一つの心臓のようにどくどくと大きく蠢いていた。

口が離れた隙間に息をつき、男は潤んだ目を細めて長い舌を出した。

「ぁは…………好き」

背筋に湧きあがったものが苛立ちなのか、劣情なのか定かではなかった。乱れたシャツの隙間に手を入れて、汗だくの胸を掴んだ。手のひらからこぼれそうな厚い肉だ。形が変わるくらいに鷲掴み、そのまま続けて中を攻める。首筋や耳に唇をつけて甘噛みしながら、音を上げて腰をぶつけた。

「んんッ!あっ、あ、ああッ!いッ、いい……きもちい、ッん、ア、ぁあぁ!」

髪を振り乱して、喘ぎ声が絶叫に変わった。腹の一部を狙って押し付けるたびに、足元の床には透明な液体が次々に滴を作っていた。こっちが気づいていないだけで、おそらくさまざまな種類の絶頂を何度も感じているのだろう。

薬物で体中の神経が高揚し、快楽や幸福を感じやすくなっているのはわかっている。が、男に抱かれてここまで我を無くし狂う事ができるのかと、わずかな侮蔑と、そして確かな僻みを噛み締めた。

「ひぃっ!いっ、ぁぐ、あ、はぁ、あ゛ぁあ……っ!」

取り憑かれたように体がのたうち、大きく痙攣し始めた。このまま気絶されたらかなり面倒だが、まとわりつく肌のたぎりと容赦ない粘膜の締め付けで、もう限界だった。腹筋が震え、一気に頂点へ促される。

「ッ!……く、ぁ……っは」

深い蜜壺と化したアナルから無理やり引き抜き、尻に擦りつけた状態で射精した。太腿を汚し、重力のままに下へどろどろとこぼれ、染みを作った床にたまっていく。

突き抜けそうな快感と、虚脱感の落差がのし掛かる。落ち着くまでしばらく息をついた後、椅子に引っ掛かったエプロンを拾い、手に絡みつく精液を拭き取った。

「……あ、ぁ、……うぅ……」

ベルトを締めていると、カウンターに顔面を押し付けた男がまだ震えている事に気づく。声をかけるべきか考えていたが、背伸びをする猫のように腰を突き出したまま、ゆっくりと床へ崩れ落ちた。

「……くそ、」

腕を引いて肩をかつぎ、テーブル席のソファへ運ぶ。力が入っていない人間の体はただでさえ重いが、この一回り大きな体格を抱えるのは、壊れたオートバイでも引きずるような苦行だった。

半ば投げ捨てるように体をソファへおろした。目はうっすらと開いているが、顔を覗き込んでもこちらを見ようとせず、反応は極めて薄い。ただ絶頂の余韻に浸るよう、恍惚と目をとろけさせ、歌うように何かを呻いている。もし犯される立場だったら、この調子で何時間も求められるのかと思うと、軽い恐怖を感じた。

とにかく、もらうものは最初にもらっている。こいつが仕切っている店なら、そのまま置いて行っても問題はないだろう。

 

帰る前にトイレへ入り、手や口元を洗った。洗面台の周囲には得体の知れない電話番号や、卑猥な写真つきのメモが貼り付けられている。乱れた髪と着衣を軽く整えた後、何気なく足元のゴミ箱に目を落とす。どこかで見たような画だと思ったが、APEXゲームのチラシが皺だらけになって捨てられていた。

「……」

期待などしていなかったが、やはりどうしようもない人間の元に、そう易々と情報は集まらない。あいつはこの汚れた街のどこにでもいる、ありふれたセックス依存症の薬物中毒者でしかなかった。