精神の根を酷く消耗してしまっていた。
 一瞬で弾け飛ぶ仲間の首。人形から溢れる綿のように、臓物をこぼして崩れ落ちる仲間の体。何度も向き合って来たはずなのに、こみ上げる吐き気と塩辛い涙を抑えられない。いや、決して慣れてはいけないのだ。この圧倒的不利な生態系を覆すために、それは決して忘れてはならない感覚といえた。
 しかし、サンプルとして捕獲すべきテラフォーマー、平たく言うならゴキブリだが、小町小吉はその黒い腕に頭をしかと掴まれていた。

 薬は切れかかっている。ストックは十分に持ち出したはずだが、自分用に確保していた量がわずかに足りなかった事を酷く後悔した。
 ちょうど変身が解ける寸前であり、意識がグラついてはかろうじて持ち直すという明滅状態を繰り返している。間もなく効力が切れてしまう事は確かだった。
 やがて力の均衡が破られ、豪快に押し倒された。後頭部を硬い土にしたたか打ち付ける。切れはしなかったが、脳がもぎ取られるように強い目眩を堪えた。
 重力を増した瞼を必死に持ち上げながら身を起こそうとするが、視界に降りかかるのは4匹のゴキブリによる無言の視線。8つの空虚な眼にごくりと唾を飲む。
 否応にも、あの時の光景が浮かんだ。あの子と同じように、簡単に首を引きちぎられて終わるのだろうか。あの時奴らの獲物が自分であったなら、あの子にように気丈には振る舞えなかったかもしれない。一瞬で発狂していたかもしれない。
 が、ここに来てもはやどこにも逃げる隙を与えられていない事に、心は無の状態ですらあった。
 胸ぐらを捕まれ、近づいてきた顔と目が合う。無感情な眼球。底なしのブラックホールに吸い込まれそうになる。
 最後に残っていた有りっ丈の矜持で睨みつけるが、いつまで経っても、想像していた衝撃は襲ってこなかった。
 その代わりに、掴まれた胸から纏っていた布を引っ張られ、簡単に破かれた。
 一瞬だった。
 首筋から足の付け根に向かって服を引き裂かれ、縦に裂けた布を左右に引かれて裸にされる。極度の温度変化や外敵の攻撃にも耐えうるスーツが、紙を破くようにばらばらになっていく。
「は、何してんだ……!」
 すぐに1匹の腕が、裸の胸の上に伸びてきた。開腹か、そこから解体ショーでも始める気か。苦痛にもがく姿を楽しみながら、じっくり嬲り殺していくという事だろうか。やるならいっそ、ひと思いにやってくれと殊勝を貫く思いだったが、
 人間の腹などパンを握りつぶすように破壊できるはずの手が、胸を揉み始めたのはそれからすぐだった。
 そいつだけではなく、囲んできた腕が顔や胸、腹、脚をまさぐり出し、小吉の肌に嫌悪の汗が噴き出した。
 虫らしくヒヤリとした手が、ほとんど裸の体を探ってくる。おぞましいほどの不快感が背筋の奥から膨れ上がった。
「何してんだ、おい、お前ら、」
 自由になった腕で払いのけようとすると、逆に腕を地面に押さえつけられる。鉄のハンマーのような圧力で骨が潰れそうだ。怯んだ隙に、広げた脚の間に手を伸ばされた。
 生命を脅かされ萎縮してしまった股間には目をくれず、触られたくはない排泄の穴に容赦なく指を入れられた。
「ぐ、うわっ……!」
 顔をあげようとするが、顔の上に跨ってきた黒い体に視界が遮られた。目の前に露出されたのは、普段は体内に収納されている性器だ。
「!」
 喉がゴクリと鳴る。
 ゴキブリの性器は人間とは形状が異なっており、簡単に抜けないようにカギ状の突起がついているのが特徴だが、今目の前に晒されているものは違う。限りなく人間の男性器に近い。そして、生態系において人間より遥かに上をゆく事の現れであるのか、平均的なサイズより一回り以上は大きい。
 拒絶の意味合いを込めて、首を横に振ったのはほとんど無意識だ。そうでなければ、ジェスチャーのやりとりすら不可能であろう生物に、自分の意思を伝え、聞き入れてもらおうなどとは思わない。
 抵抗むなしく顎を押さえられ、口の中に性器をねじ込まれた。
「がっ……う、ぅうっ」
 正気か、と問いたくなったが、言った所でこの人外に対しては無駄な問いだろう。オイルに似たような味が口の中いっぱいに広がり、胃酸がこみ上げてくる。
 すぐさま腰を前後に動かされて、ただでさえ受け入れがたいものが窮屈な喉の奥につかえた。
 その間にも、肛門に入り込んだずんぐりとした指が腸壁をまさぐる。
 目を閉じたら終わりだと思ったが、眼前に見たくもない股間が押し当てられるのに耐えられなくなり、固く目を閉じてしまう。この太い性器を噛み切ってしまえば一時的に苦痛から解放されるのだろうが、その代わり嬲り殺しにされる事は目に見えていた。
 固い皮に覆われた体の中でも陰茎は人間のように柔らかい肉でできているようだったが、口に含めばそれは異様に固く、歯で完全に噛みちぎれるような肉質でない事が計り知れた。こんな状況で冷静に分析している事もおかしいと思ったが、生死の間際をくぐり抜けてきた頭はどこか不気味に落ち着いていた。
 太腿を大きく持ち上げられ、更に奥へ指が入ってくる。ぐりぐりと容赦なく腹の中を掻き回され、背筋がぶるりと震え上がった。
「う、んぐっ、っんん!」
 口の中いっぱいに頬張った性器に塞がれて言葉にならない。秘部といえる場所を他人に開かれる事には矜持を握りつぶされる心地がする。どうにか動く脚で、黒い体に蹴りを入れようとする。しかし振り上げた脚は即座に、黒い脇に挟まれる。脆い果実をつまむように、大きな指が頭をキュッと掴んできた。
「!」
 これ以上逆らえば、このまま手のひらの中で頭を破裂させる気だ。胸にあるはずの心臓が首元にせりあがってくるよう、激しい脈を刻む。
 指が引き抜かれ、さんざん弄ばれたそこは拡張されていた。その肛門に、大きな性器の先端が押し当てられる。
 全身から汗が吹き出し、発汗してなお体は冷えずに熱く燃え上がっていた。
 まさか、人間と性交する気か。正確には性交とはいえないのかも知れないが、それでもこの異形生物に犯されるなど、考えるだけでおぞましい事だ。
「う、やめ……ぐう」
 顔を動かすが、他の腕にしっかりと体を押さえつけられる。排泄しか知らない肛門が、陰茎の先端を受け入れて軋んだ。
「んん!う゛ぁああ……っ」
 一気に奥まで突き入れられ、内臓が上に押し上げられる浮遊感を憶えた。指の比ではない。人間の女の腕ほどはありそうな逸物が、濡れない器官に無理やり押し込まれていくのは、今までに感じたことのない痛みを伴った。
 顎が震え、性器に歯を立ててしまう。しまったと思ったが、強靭な肉でできた陰茎にとっては歯で擦るくらいの刺激がちょうどいいらしい。こちらが悶え、歯を立てるのを面白がり、何度も抜き差しをする。
 地に戒められた腕を振り上げようとするが、真上から押しつぶすように圧力を加えられ、耐え切れず骨が砕かれてしまいそうだ。
押さえつけられた顔は口内へのピストンを拒む事ができず、やがてしっかりと奥まで埋め込んだペニスが跳ね上がるように震え、たちまち精液が噴射された。
 毒液のような苦い粘液が、喉の奥まで容赦なく注ぎ込まれる。
「うう、っ、がはっ、」
 何とも言えない拒絶感で胃酸が沸騰しそうだ。悲鳴と同時に腹から喉へせりあがってきた嘔吐物が、陰茎でいっぱいの口から溢れるように漏れ出した。
「ごぼっ、が、……っ!」
 仰向けにされて真上を向いていたため、自分の吐いたものが白濁とまざって逆流し、顔に流れてくる。
 精液をひとしきり放った後、ずるりと陰茎が口内から引き抜かれた。
「げほっ、う、ごほっ、っうえ゛ぇ……!」
 抜かれてなおこみ上げる不快感に、顔を横に向けて咳き込んだ。吐瀉物の残りがビシャビシャと地面を汚す。
 出すものを出して用が済んだ黒い体はやっと離れたが、自分の肛門に性器を突き刺したものはまだ行為の最中だ。
 そのまま、足を更に大きく開かれピストン運動が始まった。もはや昆虫ではなく、人間の交わりに近い。自分の肛門に勃起した虫の性器が激しく抜き差しされるのを見てしまい、激痛と同時に恐怖がこみ上げる。
「いっ、ああ、あっ、くうう」
 発達した腰の筋肉が規則的に躍動し、自分を犯す。カウパー液が出始めているのか、突かれる度にぐじゅぐじゅと粘った音をあげる。直腸を膣になぞらえて陰茎を挿入されているのが、たまらなく不快だった。更に嘔吐物と精液の饐えたにおいが口内に染み付き、頭が麻痺しそうになる。性行為にあり、なお無表情に腰を動かす様が更なる恐怖を煽った。
「……やめろ、っ、」
 ようやく自由になった口がまず漏らしたのは抵抗の声だ。しかし、それは大した牽制にはならなかった。規則的に腰を打ち付けていた異形が、小吉の脇腹を抑えてひっくり返す。あっという間に、固い地面に顔を伏せる事になってしまった。
 バックの体勢から、再びピストンが始まる。尻を突き出すような格好で、何体もの黒い眼に見下されながら犯されるのは死ぬほどの屈辱だった。胃の内容物はほとんど吐き出してしまい、それでも胃酸がこみあげ、空嘔吐を繰り返す。
「あぁ、ぐ……がっ……」
 体は汗でじっとりと濡れているが、口で息を繋がなければ肺が満足しないため、喉は乾ききり、息を吸うたびぜいぜいと音を漏らす。半ば荒んだ思考で荒い呼吸を繰り返していたが、腹を破るほどに突き入れられるものが、だんだんと体に馴染んでくるのがわかった。
 気づきたくもなかったが、人為的に手を加え強化された体は、あらゆる外的刺激への順応性も高い。この体も人間を逸した化け物である事を、今小吉は己の肌で知らしめられた。
 虫というよりは、犬のように腰を振っていた異形が次第に恍惚とした呻き声をあげる。ピストンの動きが一層速くなり、液体にまみれた肌同士がパンパンと卑猥な音をあげ、その激しい責めに小吉の喉からも悶絶が漏れる。
「んっ、ぐ、うう、あ……」
 異常だ。腰から下が別の生き物と化したように、この生物に従順になっていく。そのまま最も深い所で繋がり、ごりごりと押し付けられた陰茎が大きく痙攣して、中に大量の精液を放たれた。
「ひぃ、いっぐ……!!」
 量は非常に多く、抜いた途端にアナルから逆流した残滓が飛び、地面にビチャビチャと品のない溢れ方をする。
 まだ終わらない。背後から抱き抱えられるように膝へ乗せられ、下から先ほどより大きなペニスが突き刺さる。
「っうあ、あ、っくぅ……!!」
 背後から回った手が、膝の裏を抱え、用を足す子供のような格好で責め上げる。後ろから首筋に押し付けられた口は興奮に色めき立った息を吐いており、人間は殺戮の対象だけでなく、性交の対象である事を示しているようだった。
 この、よく似た肉棒の形もそうだ。害虫だと謗っていた生物との行為に、認めたくはないがだんだんと感じ入っている体がある。元を辿れば、我々が受けた強化手術のルーツはこの生物にある。我々は同族なのだ、きっと。
 再び頭を持ち上げられ、先ほどとはまた違う陰茎を顔に押し付けられた。逆らいようもなく歯の間をこじ開けてねじ込まれたものを、もはや諦めに近い頭で、自ら舌を使って奥へと飲み込んだ。
 髪は手でこね回され、顔も体も液体にまみれて卑猥に濡れている。自分が小町小吉である事がわかる人間が、クルーにどれほどいるだろうか。自分でも、この体が何者の物なのかはっきりとわからなくなってきた程だ。
 抱えられた体が強制的に上下に揺すられ、激しい抜き差しを繰り返される。それはあまりに一方的で、まるで全身が自慰の道具と化した気分だった。
 広げた脚が限界を訴え、数匹のペニスを入れ替わり咥えたアナルからはいつの間にか血がにじみ、太腿には精液と混じった濁色の紅が走っていた。
「あっ、はっ、もう、っ、……!」
 そして、絶頂に達する男根が、肛門の奥で何度も大きく痙攣した。膝に食い込む指の強さに耐え忍び、あらん限りの力で太い男根を締め付ける。背後で醜く呻く口が、興奮し過ぎたせいか首筋に歯を立ててくる。首筋にしかと立てられる歯。骨が削られそうなほどの激痛で顎がガクガクと震える。
 再び、肛門内に考えられないほどの熱い精液が注ぎ込まれる。ドクン、ドクンと脈をうち、直腸をいっぱいに満たすのではないかと思うほどにおびただしい量の粘液が放出された。
「ぐっ……ううっ」
 小吉の口腔内の肉に摩擦されていた男根も、ほぼ同時に絶頂を迎えた。口からズルリと抜けた拍子に、顔面に白濁が飛び散る。これも吐き気がするほどに大量で、雄の生々しい精子のにおいをふんだんに放っていた。
「はぁ、っあ、はあっ、」
 ぜいぜい鳴る喉を抑えながら、いまだ太い抱かれたままだと気づく。たくましく黒い手が、小吉の腹に回されていた。
 妙に柔らかい手つきで撫でられるので不気味に思い、撫でられる部分に目を落とす。
 ……下腹部が不自然に膨らんでいた。
 精液で十分に満たされてはいたが、これほど膨らみがあらわになるものではない。それに、腹の上からでもわかるこの形は球体のようで、自分の脈とは違うリズムでどくりどくりと微かな鼓動を打っている。
 犯し尽くされ呆然とした頭が、たどたどしくも在る一つの可能性を導き出した。
 ……これは、まさか、「卵」。じゃないだろうか?
 脈々と、腹の中でそれが息づいているのがわかった。体中の全ての水分が汗となり排出される心地だ。あろう事か、それは異常な成長力でみるみる体積を増し、まさに臨月の妊婦の腹と同じくパンパンに膨らんでいく。
「おい、待てよ、……っ!」
 そう叫ぶが、腹を中心に裂けんとする痛み、そして血管の脈動が耳元にまで迫り、言葉になっているのかどうかわからない。
 パニック状態に陥った頭が絶叫をあげるのと、
 腫れ切った腹が薬玉のように破裂するのはほぼ同時だった。



「!!」

 脳を鷲掴みにされるような心地で、意識が激しく揺さぶられる。
 頭から爪先まで、散弾銃で撃ち抜かれたような衝撃。
 全力で、真っ赤に染まった視界をこじ開けた。そこには黒い生物の姿はなく、ただ無機質な、銀色の天井が冷たくこちらを見下ろしていた。
 瞬時に起き上がり、掛け布を剥ぎ取って腹を見る。少し胸元を開けたシャツにスラックス。変わった所は何一つない。
 続けて四肢を確認する。どこにも欠損はなく、破れたはずの腹も、腹筋の形に張った皮膚はしっかりと繋がっていた。
 目の前に持ち上げた右手を何度か握っては開いてみる。頭の指令を受けてしっかり機能しているようだ。
 そうして五体満足を確かめる間にも、激しい脈は耳のあたりまで上りつめ、荒い呼吸は落ち着けようもなかった。

「……はあ……」

 これが現実だという事を実感し、心底、安堵のため息をついた。
それにしても、冗談じゃない。夢にしては悪趣味すぎる。
 あたりを見回すと、薬品棚にドミノのように収納された瓶と、銀やゴム製の医療器具。消毒のためにあらゆる器具に塗布された次亜塩素酸ナトリウムの何とも鼻につく臭いが充満している。病院で嗅ぎ慣れた、清潔な臭いというやつだ。
 自室ではなく、医務室のベッドに横たわっていたのだと、ようやく脳が理解した。
 しばらくすると、ドアの向こうからヒールの音が近づいてくる。規則的な音はだんだん大きくなり、ドアを開けると同時に、清潔な香りの中に女性の肌独特の甘い香りが混ざった。
「艦長。気がついたか?」
「……おー、ミッシェルちゃん。悪いね」
 横たわったまま手を軽くあげてアピールすると、ミッシェルは少しほっとしたように眉を持ち上げた。

 薄々、思い出していた。度重なる戦闘で、疲労が蓄積してきているという自覚はあった。おそらくここで休むにいたるまで、ミッシェルがあれこれと手を回してくれたのだろう。
 ハンサムが過ぎるせいで無愛想な女というレッテルを貼られているが、こういった時に淡々と世話を焼いてくれる所がミッシェルの美点だ。
「顔色、悪いみたいだけど。大丈夫か?」
 月並みな言葉も、どの薬より楽になれる心地だった。
「うん……何か、すげぇ変な夢見てた……」
「はあ……。もしかして、あれか?ゴキブリに食われるとか。なんつって」
「……」
 可愛らしい相槌を期待している訳ではなかったが、あまりにタイミングが悪い答えだとため息を漏らしてしまう。
「……そういうの今やめてくれる」
「?」

 腹の奥に一瞬疼いたのはきっと、他愛ない疲労の塊だろう。
 目に焼き付くおぞましい映像を振り払うべく、顔を両手でばちりと二度叩いた。
 ミッシェルに融通をきかせてもらい、もう少し休むべきか。それともしばらく悪夢に苛まれずともいいように不眠不休を貫いてみるべきか。悩ましい選択に、小町小吉は何度目になるかわからない深いため息を、丸めた拳の中に吹き込んだ。