【亜門を倒せ!】

「あーやっぱムリ!こいつ強すぎだろ、スタミナンロイヤル何本あっても足りねーよ……」
 ソファでへばっていると、風呂から上がったカズチカが後ろから覗き込んできた。
「まだやってんのか。さっきからずっと同じ敵じゃねえか」
「あー、こいつ毎回出てくる裏ボスでさ。すげー強いんだよ」
「……俺にやらせろ」
「え?いいけど」
 コントローラーを奪われ、『再挑戦しますか?』で止まった画面が再び動き出した。
「どれが打撃だ?」
「基本はこの四角のボタンでいけるけど、ヒートアクション使わないとキツイかもな」
「四角……これか?ん、何だこれ」
「もー、違う!スクショ撮るなよ!」
 もたつきながらようやく戦闘に入れたが、亜門はラスボスより苦戦する相手だ、ゲーム初心者のカズチカに撃破は難しいだろう。
当然負けが込み、目に見えて機嫌が悪くなっていくのが見て取れた。
「……高ぇんだよ……」
「ちょっ、カズチカ?」
 カズチカがコントローラーを振り上げる。気づいた時にはもう遅かった。
「レヴェルが!!高ぇえんだよ!!!」
(メキッバリバリグシャ)
「あ」
「あー!!!」



【手を出したい】

 後にも先にも、体の中から背骨を擽られてるような、周囲の温度が極端に上下するような気分を覚えたのはあれが初めてだ。
 カズチカを含めた仲間と深酒したままカラオケに行き、いつの間にかソファで横になって眠っていた。
 それからトイレに行きたくなり目を覚ますと、体が重い。金縛りなんてガキの頃以来だと思ってたら、俺に取りついてるのは霊的なそれではなかった。
「……カズチカ、何、してんだ」
 俺の首に顔を埋めていても、香水でカズチカだとわかった。
 狭い視界を探るが、他の仲間はおらずいつの間にか二人きり。
 喉がごくりと鳴る。これは、もしかしてなのか。
「……重い!骨折れる!」
 全力で大きな体を押し退けたが、頭が混乱して、もう何を言っていいのかわからない。カズチカが一言「悪い」と呟いたきり、会話は生まれなかった。

 それからしばらく、俺たちの間には何も起きなかった。
 あの時どうしてあいつに「やめろ」と言えなかったのか。拒むような類の言葉が出なかったのか。
 ……答えは今、嫌と言う程あいつに思い知らされている。



【限界かも知れない】

 ピンク通りの裏には血管が這うように幾つもの小路が存在する。夜、しかも男二人が話し込むには距離が近すぎる。ただそんな場所だからこそ、余所者に聞かれたくない話をするのには好都合らしい……ジョーいわく。
「じゃ、その作戦で行こうぜ。カラーギャングなんて時代遅れのヤロー共に、この街を好きにさせてたまるかっての。なあ?」
 桃色のネオンにジョーの顔半分がチカチカ照らされているのを、俺はじっと見つめていた。
「どした、カズチカ」
(本当は、気づいてるんだろ?)
 ジョーのすぐ後ろはコンクリの壁だ。彼の顔の横に手を置き、グッと距離を詰める。
「……いつになったら俺の部屋で作戦会議やってくれるんだ?ジョー」
「え」
「それとも、こういう所で、が好きなのか」
 指先で顎を撫でてやる。
 大きな目を一層丸く開き、それからジョーはフイと顔を背けた。
「……意地悪ぃ事、言うなよ」
 ネオンのせいではない。その頰は触れれば色がうつる程に赤く染まっていた。
 ……いつまでこの衝動に耐えられるか。それは俺にも、わからない。



【一線を越えて】

 作戦会議用に取った部屋で、俺はジョーにマウントを取られていた。
 ベッドで仮眠していた俺の股間に取り付き、必死に舌を使って口淫を施すジョー。これが夢でなければ、一体何なんだろう。
「嫌なら、殴っていいから」
 嫌な訳がない。俺だって、とっくにジョーに惚れていた。
 舌で強く吸われる度に腰が疼き、あそこが痛いほどに張ってくる。
「ジョー、お前……ケンカは弱い癖に、フェラは上手いんだな」
 真っ赤になったジョーに構わず体を起こし、逆にベッドに押し付けた。
「……来いよ、カズチカ」
 ジョーの体の滾りがもう待ちきれないとでも言うように俺を欲していた。
 求められるまま、俺は今まで知る事のなかったジョーの体の奥をゆっくりと暴いた。
「カズ、チカ……っん」
 悶えるジョーの両手の在り処を探した。指をきつく絡めて、そのままキスを落とした。
「っ……はは、何か、何だろ。笑いそう」
「ジョー?」
「よくわかんないけど……お前とこんな事やれんの、ちょっと嬉しいのかも」
「……そうか」
 ……『ちょっと』じゃ済まなくしてやるよ、じっくり時間をかけて。
 俺は胸中密かに思いを立てて、ジョーの首筋に吸い付き牽制の跡を残してやった。



【鍵】

「ジョー、これ持ってろ」
 桐生会の溜まり場になっているM SIDE CAFE。カズチカから無遠慮に投げ渡されたものを両手で受け取ると、何の変哲もない鍵だった。
「え?何だよこれ」
「鍵」
「さすがにわかるって。どこの鍵かって聞いてんの」
 カズチカは野暮な事を聞いてくれるなと言わんばかりに、目線を斜め上に背ける。
「お前、東京だと泊まるとこ探すの面倒だろ。こっち来る時は使えよ。後で案内してやる」
「それって……」
 合鍵、ってことか。
 突然過ぎる気もしたが、まあ、素直に嬉しい。
「いいの?お前の部屋すげーいい所っぽいのに、俺みたいな奴が転がり込んでも」
 それを聞いたカズチカの眉間が怪訝の色に歪んだ。
「誰が俺の部屋の鍵だって言った?都合つけてるラブホの部屋だよ。だから好きな時に使わせてやるって言ってんだ」
「は」
「それから使う時は女じゃなくて俺を呼べ。料金回収しに来るからな、お前の体で」
「……損なのか得なのかわかんねえ……」



【横顔と苦さと、甘さ】

 待ち合わせたホテルの部屋に、ジョーはいつになく仏頂面でやって来た。シャワーを浴びた後、頭にタオルをかぶったままどっかりソファに座る。黙って缶ビールを開け、ひとしきり呷ってため息。
 あからさまに様子がおかしい。
「ジョー、どうした」
「……お前、また勝手にケンカしただろ」
 ……意外に耳が早い。
「俺は仕掛けてない。売られたんだよ。買うしかないだろ」
「違う!あいつら、広島で俺とモメてた奴らだ。お前には関係ねぇ」
「……」
「お前さ、俺が狙われてるって知っててあいつらボコったんだろ?余計な真似すんなよ。俺にもプライドがあるんだ」
「プライド?」
「その、お前には迷惑かけたくねぇんだよ。対等でいたいって、言っただろ」
「……ジョー」
 隣に腰掛け、タオル越しにジョーの髪へ手を伸ばすが、
「今日はおさわり禁止」
 ぴしゃりと言い放たれてしまった。
 そのまま、黙って二人ビールを飲んだ。しかし沈黙は、決して重いものではなかった。
(……対等、か)
 タオルの下に隠した表情を想像しながら、ほろ苦くも甘いひと時を共有した。



【弄ばれたのはこっちだ】

「ジョー、イイんだろ?もっと声出せよ……っ」
 久しぶりにヤれる時間ができたのに、ジョーは今更何が恥ずかしいのか、枕に顔を押し付けて声を耐えていた。
 まあ、仕置きの手段はいくらでもある。まずは柔らかい首筋に甘噛みを与えた。
「っ、い」
 音が出るくらい吸いあげると、たちまち真っ赤な痕が浮き上がった。
「素直にならねぇと、どんどん増やしてやるぞ」
 首元への乱暴なキスを繰り返していくうちに、ジョーの荒い息遣いは切なく掠れたため息に変わっていく。
 顔を隠す邪魔な枕をむしり取った。現れた顔を鷲掴み、濡れた唇を舐めた。そのまま口づけながら腰を緩やかに打ち付けると、
「んぅ、っ、ふ」
 悩ましい声を漏らしながら、ジョーは唇をつけたままこう囁いた。
「……もう、我慢、してたのにさ、声……」
「ん?」
「だって、久々で、気持ちよすぎて……声出したら、そのまま、おかしくなりそうだったからさ……ごめん」
 くらりと目眩がした。
 ……困ったのはこっちの方だ。今夜こいつを寝かせる気には、到底なれそうにない。