二人でつるむようになったのはいつだったか。

 昼休みの屋上はしばしば取引の場になる。
 調達屋と俺のやり取りはほんの数秒。
 立ち去った後、俺が懐に差し込んだ物を当然のように目蒲は訝った。
「…それ、何」
「とある作戦の全容を45分間に収めたビデオだ…知りたいか?」
「…ええ、と…」
 目蒲の目は何かを察したのか、それ以上の内容について問い詰める気はなくしたようだが、一応「何だろうな」と会話を繋げてきたので、俺は気をよくしてはっきり答えてやった。
「巨乳大作戦」
「……どんな作戦だよ…」
 聞かなきゃよかった、と言わんばかりに眉をしかめる目蒲の前にパッケージを翳した。
「一発目が製作側の予想以上にウケたんで、今年シリーズ化される事になったんだ」
 彼女が遠くに行ってしまったようで寂しい気もするが、見守ってきただけに誇らしい気持ちの方が強いかな、と述べると、
「……」
 何かを言いたい様な、言う事もくだらないと言いたいのか、唇を若干引きつらせた目蒲は顔を背けてストローを噛んだ。
「何だお前、男のくせにこういうの駄目なのか」
 それともこっちなんか?と言いながらふざけ半分に尻を触ったら、
「やめろよ!!」
 珍しく大声を出した目蒲は俺から飛び退って距離を取り、紙パックを握り締めたまま、物凄い形相を見せた。
 屋上の生ぬるい空気ごと固まった心地がした。
「……わ、るい」
 無意識にそんな言葉が口をつくほど驚いた経験はそうそうない。
 俺は初めてあの目蒲が耳まで赤くなる所を見た。



 二人でつるむようになってから、馬鹿みたいに笑う事もあったし、反りあわない時には殴り合う事もあった。
 目蒲は意外に喧嘩が強いのだという事も知った。
 見た目がそうでもなさそうだからか、俺の目の届かない所で素行の悪そうな輩に何度も絡まれているらしい。
 勿論返り討ちにして送り返してやるそうだが、後から目蒲に理由を問いただすと、
 俺を快く思わない連中が、間接的な報復の為に目蒲を狙う、というのが大半の理由だった。
 頭にきて「視界に入った奴から粛清してやるか」と歯噛みすると、目蒲はそれをたしなめるよう、「俺はああいうの、楽しいからいいけどね」と薄く笑った。
 目蒲は秘密を持ちたがる質で、俺が聞かなければ知りえない事は今までにいくつもあった。そしてそれは他愛ない事から目を剥く様な事まで、限りなく隠されているように思われた。

 それから俺はゆっくり時間をかけて変わっていった。
 目蒲と喧嘩沙汰になると、少しだけ手加減するようになった。
 そのうち、喧嘩になる前にこちらから折れてしまうようになった。
 気がつくと、目蒲の事ばかり考えてしまうようになった。



 夏が来ようとしていた。
 汗ばむくらいの熱気が注ぐ屋上で取り留めの無いことを話した。
 昼休みはもうすぐ終わりそうだったが、目蒲は何かを話したそうに、手すりにもたれたまま動こうとしない。
 気難しいが優等生で通っている目蒲が時間も気にせずに黙り込んでいるので、優等生でも何でもない俺は特に時計を見る事もせず、隣で煙草に火をつける。
 そうしてしばらく黙った後、目蒲は「好きな先生がいる」と話した。
「……」
 俺は途端に渋いものを吸った気になった。
「そうか。…」
 それだけ言って俺は煙を吐いた。
 この学校にめぼしい女の教師がいたかを考える前に、何となく見当がついていた。
 ただ、そうであって欲しくなかったと、胸が煙ではない重いものに包まれる。
 長い付き合いだからこそ、嫌というほど意識させられていたのは事実だった。
 俺は目蒲の横顔を盗み見て、それから手すりの向こうへ目を転じた。
 そして大きな分かれ目へ足を踏み入れるべく、口を開いた。
「…あのヒゲメガネより、俺の方がお前の事好きだと思うけどな」
 目蒲は何も言わなかった。
 沈黙が俺に一つ確信を与えた。
「…目蒲」
 手を握ると、こちらを見ないまま振り払おうとするので、更に強く握る。
「…離せよ」
 離すものか。
 言葉の変わりに、俺は自分より少し細い手首を握りしめて無理矢理引き寄せた。
「!」
 重心を崩して目蒲は俺に凭れかかる。
 握った手が蒸し暑さのせいか汗を滲ませて、そしてひどく熱かった。
 それから一呼吸して、躊躇いがちに顔を上げる目蒲。
 俺を見上げるその表情は、信じられない映画の結末を見たように、今にも泣いてしまいそうなほど危うくなっていた。

 目蒲の腕を引いて、30分くらい前に昇ってきたばかりの屋上階段へ連れた。
 夏の日差しを避けるように日陰へ入ると、白と黒との差ほどがあるように暗く感じられる。
 壁に背中を預けた目蒲はろくに目も合わさず、斜め下を向いていた。
「逃げないのか」
「…何でそういう事聞くんだよ」
 質問を質問で返してくる所が、らしいと言えばらしい。
 無理矢理に後ろを向かせ、目蒲を壁に押し付けたまま背後から手を回してベルトを掴む。
 途端、密着した体がビクリと張りつめた。
「…っ!」
「女じゃないんだ、嫌だったら逃げる方法くらいあるだろ」
「か、門倉、…」
 口でそう促したが、目蒲に抵抗らしい抵抗はなかった。
 掠れた声で俺を呼び、一層俯くだけだった。

 自分でもおかしいと思うほど性急に求めてしまったのは、おそらくこの暑さのせいだ。
 知れず抱いていた熱い欲を目蒲の肌に這わせて、そこをゆっくりと押し開き、あまりに窮屈な肉へ全てを捻じ込んだ。
「あ、くう…」
 目蒲が喉を詰まらせた。
 緊張しきった背中をゆっくり撫でてやると、背中、いや体中が小刻みに震えているのがわかった。
 野郎に恋焦がれていたくらいだ、きっと経験があるんだろうと踏んでいたが、どうやら初めてのようだった。
 何もかもがぎこちなく、どうしたらいいのかわからない、という風に壁に髪を擦り付けて耐えているのがいじらしい。
 初めてを頂くのは男冥利に尽きるものだが、俺が頂いたどの女の初めてよりも目蒲は面白いくらいに反応が過剰で、もっと暴いてやりたくなる。
 浅いところまで引いたものを一気に奥へ押し込んだ。
「あ、あ」
 目蒲の首筋に汗が噴き出す。
 腑抜けてしまったのか腰はガクガクになっている。
 注挿に動きをつけてゆっくりではあるが上下に揺さぶり、
「、ん、ッ」
 俺の動きに合わせる余裕がないのか、むしろ逃げを思わせるよう腰をずらしてくるので、その腰に腕を回してしっかり押さえ込み、今度は目蒲の踵が浮く程に突き上げる。
「っうう」
 一層強張った体をほぐすように大きく起伏をつけてやる。
「あ、あっ!い、痛、いっ、」
 体の揺れで途切れ途切れに漏れる苦しい悲鳴。
 健康的とは言い難い生白い肌がうっすらと赤く火照り、俺を受けるここは激しい摩擦で痛々しい色に染まっている。
 そこがもたらす痺れるような締め付けに背筋がぞくりと疼いた。
 汗で滑る腰を何度も抱き直して、具合を問い詰めるように辱める。
「うあ、あ…」
 搾り出すように声をあげる目蒲はもう立っていられないのか、ずるずると膝を崩して座り込もうとする。
「な、っ…お前、」
 つられて俺も膝をつく。
 土下座でもするように床へへたり込む目蒲。もう起き上がるのは無理と見えた。
 勘弁してくれと思ったが、ここで開放してやるつもりはない。半ば手荒に仰向けにした。
「!」
 不自由そうに身体をこちらに向けた目蒲はぐたりと力をなくしていた。
 際が赤く染まり、涙をうっすらと溜めた目つきは図らずともそそるものがある。
 長い前髪が張り付いた唇が言葉を探すよう、わなわなと震えていた。
「……おい、」
 ただ、交わした視線はすぐに解けた。目蒲が頑なに顔を背けたせいだ。
 見せる所は全て見せてしまっているのに、これ以上強情になっても仕方が無いと思うのだが、こういう性格だ、なだめても効果はおそらくない。
 それに俺とて、最中にしつこく機嫌をとってやるような殊勝さは元々持ちあわせていない。
 汗ばんだ脚を開き、先端をあてて再び押し込んだ。
「い、やだって、痛い」
「お前が立ってないのが悪いんだろうが」
 そのまま抜き差しを始めると、目蒲の体が大仰におののいた。
「っ、はあ、あ!」
 自分の漏らす声が嫌なのか、口元に手の甲を押し付けて凌ごうとする。やはりこちらを見ようとはしない。
 感心するほどの意地っ張りだが、力はある癖に攻撃してこないのだから、本当に嫌がっている訳ではない事はわかる。
 一定のリズムで揺らして、時折動きを止めるよう深く奥を刺すと、食いしばった歯から抑えきれない悶えの声がこぼれた。
 熱い内側の肉が、俺の先走りで湿ってくる。
 摩擦で漏れ出したものが肌とぶつかってぐちゅりと音をあげた。
「目蒲」
 泣き出しそうな顔で指を噛む目蒲の髪を梳いたら、くすぐったそうに首を振った。
「い、いいから…そ、いうのは」
 軽い悪態だったが、この行為に少なからず感じ入っているのは目蒲の身体の反応を見ればよくわかる。
 乱れたシャツとむき出しの胸に、俺の流した汗がぽつぽつと落ちていく。
 しっかり繋がった部分が痛い程脈を打ち、このまま食いちぎられそうな気さえした。
「目蒲、」
 俺の吐く息が低い唸りを孕む。
 接した部分が上を向くように腰を持ち上げ、やたらと滑らかな太腿を鷲掴んで突き落とすように激しく責めた。
「ああ、あ…!」
 喉を仰け反って声を震わせ、追い詰められた目蒲の体がびくびくと揺れる。
 深く折り曲げた腹が律動でひくつき、硬かった腰つきもほぐれて、たどたどしくも猥らに波打つのがたまらない。
 白く泡立った粘液が涙のように垂れ、もう憚る事無く喘ぐ目蒲の太腿、胸に流れてくる。
 目蒲は最後に俺にすがりつき、搾り出すように声をあげた。
「ぁ…ゆ、雄……!」
 後はもう声にならず悲鳴のような悶絶へ変わってしまい、聞き取ることはできなかった。




「俺がお前を好きだって、知ってたんだろ」
 午後の授業に戻る気は俺にも目蒲にもなかった。
 二人で壁にもたれて座り込んだまま、結構な時間が経っていた。
「……」
「ああいう事言えば、俺が大人しく手ぇ引くって思ったのか」
「…門倉になら話してもいいと思ったから」
 それは答えになってないだろ、と肩を掴んだら申し訳なくなる位怯えられてしまった。
「…、」
 気まずくなって手を放す。やり場に困ったのでそのまま自分の胸元に差込んで煙草を取った。
 咥えた一本に火をつけて、吐き出す煙の中にはいくらかの溜息が混じった。
「……目蒲。お前何考えてる?」
「…」
「よかったのか、さっきの…俺で」
 目蒲は疲れきった体を壁にだらりとくっつけて、黙っていた。
 俺なんかよりずっと複雑にできているその思考回路が今何を計算しているのか、俺にはやはり想像もつかなかった。
 ただ俺は、目蒲がどうしてあんなとんでもない告白をしておきながら、俺を拒まなかったのか、それを知りたかった。
「……」
 長い無言を、目蒲はおずおずと破った。
「……門倉が好きなんだよ」
「…は?」
 俺の口から煙草と素っ頓狂な声が落ちた。
 目の前にあるのは到底嘘をついてるとは思えない、真剣な横顔だった。
 何も言えずにいると、目蒲は一言一言も苦行であるように続けた。
「…俺、門倉に会って、その…初めて人を好きになった」
 先生に憧れてこの学校に入ったのは本当だけどな、と呟いて、苦々しく息を吐く。
「でも、言える訳ないだろ…俺のこの性格じゃ」
「……」
 随分あっさりと自分の内向的な性格を認めるので少し驚いたが、目蒲はどこまでも真面目のようだ。
「気持ちを隠したまま、友達でいるのは辛いから…だから、もう諦めようと思った」
 俯いた横顔は長い前髪でその表情のほとんどを隠している。
 しかしいつもより一層低い声色から、表情に浮かんでいるであろう苦渋が十分に読み取れた。
「…だから俺に、あいつが好きだって嘘ついたのか」
「…そうだよ」
「俺を切るために?」
「…そうだよ。俺と先生が仲いいの、知ってただろ。…気持ち悪いって思われても、俺が門倉を好きだってバレるより、マシだと思ったんだ」
 言いながら、目蒲の声が段々小さくなっていく。
 後にも先にもこいつがここまで自分の感情を晒すのは、おそらく初めてだと思った。
「自分の中で、今日やっと終わるんだって思ったよ…でも、」
「…目蒲」
「でも、計算外、って感じ…」
 最後は泣きそうな声になっていた。
「門倉が、俺の事、好きだって言うから、」
「……」
「嬉しかったけど、何も言えなかった……ごめん」
 足元に落とした煙草から、蜘蛛の糸のようにゆらゆらと細い煙が立ち昇っている。
 一直線だと思っていた糸が案外複雑に絡んで出来ている事を、解してみて始めて気づく事もある。
 俺は、俺達は少しばかり、勘違いをし合っていたようだ。
 下を向いてしばらく黙ったが、いまだ惰性を残す吸殻を靴で踏みつけて、
「!」
 俺はもう一度その肩に手をかけた。
 またもや身構える目蒲に、今度は手を離さずに詰め寄った。
「回りくどい…」
「…は」
「お前のそういう所が気に食わん」
 今にも首を締め上げそうな顔をしていたのか、目蒲が喉を鳴らした。
「…だ、だから…ごめん」
「…別に怒ってない。昔は、気に食わなくてたまらなかった。…よく喧嘩したよな、本当くだらない事で」
「……門倉、」
「ずっとお前といると、わかったよ。お前は本当に回りくどいけど、俺みたいな単純な奴にはお前くらいの方が、ちょうどいいのかも、ってな」
 単純同士じゃ進歩なくてつまらんじゃろ、とぼやくと、目蒲は少しだけ笑った。
「……」
「……」
 視線が静かに絡んだ。
 何とも言えない雰囲気が這い登り、
 俺はその肩へ置いた手にぎゅっと力を込める。
 少し顔を近づけると、目蒲が俺の意図に気づいて困ったように目を逸らした。
「馬鹿、こういう時は見詰め合うもんだ」
「は、恥ずかしいだろ…それはさすがに」
「さすがにって…」
 考えすぎる奴の考える事はやはり簡単には理解しがたいものだ。
逃げようとする顔を挟んで更に詰った。
「嫌なのか?あれは普通にできるくせに、お前頭どうなってんだ?」
「いや、あの時は、混乱してたんだって…まさかいきなりするなんて…順番があるだろ、順番ってものが」
 相変わらず理屈っぽい目蒲の口を思い切り塞ぐと、目蒲は狼狽に身を震わせる。
 そしてさんざん奪って、力も抜け切ったと思えた後、俺の油断しきった脇腹に、目蒲は右の拳をどすりと打ち込んだ。
 悶絶する俺を目蒲が笑っていた。
 俺も何やらおかしくなって笑ってしまった。

 うだるような暑さも何処かへ消えてしまう程、俺達は久しぶりに大笑いをした。