人の一部はダイヤモンドと同じ炭素で出来ているらしい。そして人の体に火を通せば、その炭化は一層あらわになる。
 だから火葬圏の世界では、大切な人の遺体をダイヤモンドにしてしまおうなんて、不謹慎でエゴイステイックなビジネスを考えつく人もいるようだ。
 そうだ、この人を例えるなら、生きながらダイヤモンドになってしまった奇異な人。
 きっと僕に会うまで、僕の知り得ない地獄みたいな世界で、全身を焼かれるような辛苦を味わい、体はとっくに焼き尽くされているのだろう。そんな気がした。
 人の形をしたダイヤモンドは、漂白した魔物のように綺麗だった。手を近づければ眩しいくらいに乱反射して、僕の顔なんか映る訳がない。
 それどころか、この人の殻はとても硬くて、僕の柔らかい肉や粗末な骨じゃ、きっとたちまち削れてしまう。
 そのうち彼の前にすら、この二本の足では立てなくなってしまうかもしれない。
 僕は彼にとって、いくらぶつかっても研磨され、やがては淘汰される路傍の石にすぎなかったのだ。
 それでもいいと思った。僕は彼に出会い、いつしか、その純潔な宝石に心をまるごと奪われてしまっていた。


「どうしたの、梶ちゃん」
「……たまに、思うんですよね。貘さんがなんで僕の横で、こんな隙だらけの格好で寝てるんだろうなあって」

 冬が来ていた。僕らは挨拶みたいに寒い寒いと言い合いながら、テレビを見たり、表面をローストさせたハムを二人でシェアしたり、カードゲームをして遊んだ。
 そして結局はベッドで、一番暖かくなる事をしてしまった。
 貘さんはあの時だけは暖かくなるけれど、今こうして向かい合って眠る時は、また冷たい肌に戻る。蝋を溶かして鋭く尖らせたような睫毛が、緩いまばたきの度に部屋のわずかな灯りを含んで揺らめいていた。
「……何?俺って、立ったまま寝る生き物だと思われてんの?シマウマみたいに」
「そうじゃないですよ。こうしてられるのが嬉しいだけです」
「ふーん」
「……それに」
 それに貘さんは動物というより、無機物みたいにどこか冷めた、精緻な形をしている。
 例えばいくつもの方向からカットを入れた宝石。ボロをこぼさない、硬質で完璧な芸術品みたいだ。
「それに?」
 それに手を触れて暴いてしまうのは、まるで素人が芸術家の最高の傑作に手を加えてしまうような、禁忌的な行為だと思った。初めて会った時は、まさか僕がそんな禁忌を侵すなんて、考えもしなかったのだけれど。
「なんか恋人同士みたいで、新鮮っていうか。誰かとこうしてるとホッとするんですよ、僕」
「……よくそんな恥ずかしい事言えるね」
「へえ、貘さんにも恥ずかしい事ってあるんですね」
「あのさぁ梶ちゃん、最近生意気」

 ……貘さんが何故僕を受け入れてくれたのか、理由は聞けない。
 きっと理由はないんだろう。
 最初に出会ったきっかけだって、特別な理由はきっとなかったんだ。貘さんにとって、僕は無作為に選ばれた駒。終わる時だってきっと理由なく、唐突に、エピローグなんて用意されないあっけない終幕を迎えてしまうのだと思った。
「ここでくらいは、生意気にさせてくださいよ」
「……ふふっ」
 計算づくしの上目遣いが、「可愛いね、梶ちゃんは」と僕を挑発した。
 僕はその瞼にキスをして、機嫌を伺うように鼻先に唇を落とした。
 それっきり、得意のおしゃべりをやめた唇。
 やがて僕の背中に回った腕と指先は、まるで人の体温みたいに、確かな熱を持っていた。


 「ADAMAS」。何物にも侵されず、屈服する事はない。多く人の心を奪い、この地上で永遠に輝き続ける、ダイヤモンドの語源だ。
 そして僕は世界にごまんとある、路傍の石の一つ。彼がこの世で最も硬い芸術品として輝けるように、寄り添い、身を削り、そしていつかは朽ちる。

 僕は今この時も、少しずつゆっくりと朽ちている。
 あなたが僕の一生のあっけなさを笑い、そしてその両目から、幾多の宝石よりも美しい涙を流してくれる日を、そんな日を待ちながら。