地下のハッチを開けて、鉄の冷たいはしごに足を掛けた。デニムの尻ポケットにねじ込んだ真四角の小さく平たい袋が、はしごを下りる度に擦れてカサカサと鳴いている。
 ホープカウンティで集めたレコードをウィーティに渡してやると、ウィーティが礼にくれたのはコンドームの束だった。
「いい娘がいたら使ってよ」
 レジスタンスに加担して、血と泥に汚れながら駆けずり回る日々。避妊具は戦線の兵士にも配給される衛生用品だ。顔見知りに頼めば手に入らない事もないが、セックスの事を考える余裕はなかった。
 ウィーティのプレゼントのおかげで、おざなりにしていた欲求が呼び覚まされてしまった。もう頭の外に追い払えないほど強く意識してしまい、基地に足を運んだのはウィーティに会って二日が過ぎた頃だ。気持ちが舞い上がるあまり、はしごを踏み外さないように細心の注意を払い、一段ずつ靴底を押し付けながら降りていった。

 自然豊かな山々から一転して、山の斜面を抉り取って作られたホワイトテイル自警団の基地は薄暗く、潜水艦のような閉塞感と湿気が鼻をつく。肩や足元についた木の葉をざっと払い、辺りを見渡した。人の気配がまるで感じられなかった。
「誰も、いないのか」
 返ってくる言葉はない。歩行や会話など、音が反響しやすい空間でこれだけ静かだと、メンバーはみんな出払っているのかも知れない。来た意味がなかったと拍子抜けしていたら、廊下の奥、ダイニングから微かな物音がした。どうやら留守番がいるようだ。
 ダイニングを覗き込むと、シンクに寄り掛かったプラットがうつむいて果物を剥いていた。プラットは大体、基地の中で一番くつろげるこの場所にいる。聞こえていたはずの呼びかけに応じなかったのは心外だったが、それでも同じ空間に彼がいると思うだけで、背中に淡い興奮の波が走る。
 一歩近寄ると、砂利をたっぷり噛んだブーツの音が鳴ってしまった。反応したプラットが素早く顔を上げたが、来訪者の素性を確認すると、ホッとしたように肩の位置を下げた。
「なんだ、お前かルーキー」
「なんだ、はないだろう。他の皆は」
「街まで買い出し。あとは狩り。今日の夜はバーベキューだってさ。お前もちゃんと参加しろよ。俺と違って人気者なんだから」
「……そうさせてもらう」
 苦笑を交えて頷くと、合わせたように口元を吊り上げてくれた。しかし、表情に張り付いた暗い緊張までは、ほぐれた様子はなかった。
 プラットの事が気になり、時折ウルフズ・デンに顔を出していた。彼を監禁していたジェイコブ、そしてバンカーに巣食っていた連中は地獄へ葬ってやったが、エデンズゲートによる支配はまだ取り除かれていない。やる事は山ほどある。その合間を縫って彼の様子を見るのがルーティンになっていた。
 ジェイコブのバンカーから助け出したばかりのプラットは譫言めいた神頼みを繰り返し、完全な心神喪失かと思われた。軽率に言葉をかけられる状態ではなかったが、何日か経つとタミーと街の様子について会話をしたり、ライフルで射撃訓練をするようになった。それで少しは安心したのだが、言動や顔つきは、捕まる前と今とでは随分変わってしまった。元々、保安官らしからぬ気の弱い所がある。それがジェイコブの監禁によって、律していたはずの臆病な気質を引きずり出されてしまったように思えた。
 そもそも精神的な傷を負わされたのはプラットだけではない。自分を含め、派遣された保安官には程度の差こそあれどPTSDの症状が現れている。ハドソンがぼやいていたように、この任務が終わったら全員デスクワークに従事させるべきだ。
「プラット。調子はどうだ」
 プラットは手元に目を落としたまま、「どうって、なあ」と皮肉めいた色で呟いた。いつからそうしていたのか、バスケットにどっさり詰めたリンゴを剥いていたようだ。手の中で赤い塊を回転させる度に、ナイフの刃から細長い皮がスルスルと吐き出されていく。一見は、何の問題もなく剥けているように見えた。
「良い訳がない。リハビリだよ、強制的なリハビリ。ナイフを見ると、……思い出しちまう。無理やりにでも使わないと」
 わざとクールな調子を装っていても、声はいつもより上擦っているし、少し早口でもある。嘘をついたり本心を隠している人間は、声の様子で判断しろと先輩に教わった。一端の保安官なら他人の嘘や隠し事、虚勢などはある程度見抜けるものだが、プラットは誰が見てもわかりやすく消耗し、そしてわかりやすく強がっていた。
「そうか、……」
 距離を近づけて、シンクに手をついてプラットの作業を見守ろうとした。が、近くまで寄ってから気付く。スムーズに剥けていると思ったリンゴは必要以上に皮を剥がれてしまい、実がかなり痩せていた。これではほとんど食べる部分がない。その姿は今のプラットそのものに思え、胸が締め付けられた。こんな有り様を見てしまったら、今更知らないふりはできなかった。
「……手伝うよ、プラット」
「どうして」
「いいから」
 後ろから抱きつくように腕を回して、ナイフを持つプラットの手に自分の手を重ねた。痩せたリンゴは取り上げて、新しいものを左手に取る。ナイフを横に寝かせて、リンゴをゆっくり動かしていった。
「……器用なんだな」
「少なくとも、あんたよりはな」
「相変わらず生意気だ」
 鼻を鳴らして軽くあざ笑っていたが、嫌がっている様子はなかった。
 ……この任務が始まる前、プラットに告白をした。騒がしいバーで食事をしながら、唐突にだ。あまりムードはなかったが、その分断られた時のダメージも軽く済みそうだと、情けない話だがかなりの保険をかけた。勝算なんてまるでなかった。まだ仕事を始めて一年も経っていないルーキーが、同性の先輩を口説くなんて笑い話にもならない。
 プラットはきっと断ってくるだろうと思ったのだが、困ったような顔で「ちょっと考えさせてくれ」と言った。そこからすっかり黙り込んでしまったので、かなり気まずい食事になったのを覚えている。しかしあの時即答で断られなかったのは、きっと脈があるという事なんだろう。
 プラットの返事を期待したままホープカウンティに降り立ち、チームは教団に捕まった。自分のプラットへの思いはあの日から何も変わらない、プラットはどうなのだろうか。この瞬間も、くっついた体に伝わる鼓動を感じてくれているのだろうか。
 ナイフとリンゴを置いて、プラットだけを抱き寄せた。体が急にこわばるが、離してやるつもりはない。
「おい、何してる」
 窮屈そうに腕を捻ってくるが、びくともしてやらない。学生時代はアメフトに打ち込みキャプテンをやっていた。体格もプラットより一回りは大きい。逆に押さえつけるように強く抱きついて、肩口に顔を寄せた。饒舌ではない口から、何とか言葉を絞り出した。
「なあプラット。俺は、あんたが死んだらどうしようかと思ってた」
「……何、言ってんだ。お前が助けてくれたんだろ?どうしようかと思ってたのは俺の方だ」
「ジェイコブのバンカーをぶっ壊したのは、キレたからだ。俺は、その……あんたが好きなんだ。知ってるだろ。あんたが助かれば、俺はどうなってもいいって思った」
 縮こまった肩が少し上に上がって、下がった。大袈裟なため息をついて、緊張をごまかしているように見えた。抱きしめた体は制服の上からでも十分に熱くなっていたからだ。
「……ハグの次は口説き文句かよ。全く、少し見ない間に随分冗談が上手くなったな」
「冗談かどうかは、あんたが判断してくれ」
 肩越しに、少しだけプラットがこっちを見上げた。
「プラット、俺はずっと待ってた」
「……ルーキー、」
 困ったような、照れ臭そうな上目遣い。年上のプラットにこんな顔をされると、苛立ちにも近い情愛が立ち昇ってくる。後ろから腰を捕まえて、何も言わずに少しずつ顔を寄せた。息がかかる程近づいた頃、観念したのかプラットはおそるおそる目を閉じた。頰を手のひらで柔く押さえつけて、キスをした。無精ヒゲがチクチクする。唇の傷が深くささくれ立っていて感触はあまり良くない。けど、抱き寄せた体とさらった唇は、久しぶりに感じた人の体温だった。
 キスを続けながら、背後から回した腕をゆっくりとずらして、プラットと向かい合う格好になる。両の太腿に膝を割り込ませて、行為を思わせるような密着の体勢になって彼の呼吸をむさぼった。ここで今すぐにでも始めても構わない、そんな意思を吹き込むように舌を強く絡ませる。プラットが喉の奥で苦しそうな呻き声をあげ始めたので、少しだけ顔を離してやった。
「……っ、もう、わかった、わかったって。俺が悪かった。ずっと返事してなかったからな」
 プラットは、シンクについた後ろ手で体勢を崩さないように何とか気張っている。けれど体の密着は解いてやらない。腰に腕を回したまま、さっきよりずっと紅潮した顔を覗き込んだ。
「忘れてなかったんだな」
「忘れてない。忘れろって方が無理だ。ずっと、考えてたよ……お前の事」
 消え入るような声で呟き、恥ずかしそうにうつむいた。いよいよ胸が急いで、両手で肩を掴んだ。
「じゃあ……いいんだな」
 プラットは最後の決断を迫られるように目線を斜め下に泳がせていたが、やがて注意して見ないと分からないほど、小さくうなずいた。

 キッチンスペースには、テレビと向かい合わせになった革のソファがある。手を引いてソファに連れて行き、彼がおずおずと座るのを見るともう我慢ができなくなった。上からのし掛かって捕獲するように押し倒してもう一度キスをした。控えめな舌をつかまえて、頬を擦り付けながら口の中をむさぼった。服の上から体を手の平でまさぐると、身をよじりながらも何やら可笑しそうに声をあげた。
「んっ……おい、くすぐったいって」
 耳を軽く噛みながら、耳朶と軟骨を口に含む。カーキのシャツの襟をむしり、首元に吸い付いた。肌を通して迫った鼓動は温かく、興奮に急いでいる。荒い息を吐き掛けながら、薄く筋肉が張った胸にしゃぶりついた。
「ん、うあ、っ」
「くすぐったいだけ、か……?」
「うるさい、っ」
 音を立てて、小さな粘膜が作る尖りをすすった。プラットの首がのけぞり、漏らした吐息には淫猥な熱がはっきりとこもっていた。密着した腰もむずむずと揺らめいている。自分の舌使いに反応しているのが嬉しかった。こっちだって、ボトムにしまった股間は痛いほど疼いている。今すぐ彼と一つになりたいと、窮屈な布からの解放をひっきりなしにせがんでいた。しかし、
(……ダメだ。あの事を聞かないと)
 彼を助け出してから、自分の頭にはどうしても引っかかっていた事があった。それを聞こうか聞くまいか、強い懊悩に阻まれたままの愛撫はぎこちなかったのだろう。プラットが頭を少し持ち上げて、不思議そうに見上げてくる。視線がかち合ってしまったので、性欲の興奮とはまた違う動悸を感じながら、口を開いた。
「なあプラット……一つ、聞いてもいいか」
「うん……?」
「ジェイコブ達に、その……乱暴されなかったか」
 うっとりしていたプラットの目は、一瞬夢から覚めたように、虚ろに瞬きした。そして、できる事なら聞きたくなかった答えをぼそりと口にした。
「ああ、そうだな……されなかった、事はない」
「そんな、」
「使ったのは口だけだ」
すぐにフォローされたが、それでもショックだった。
「あの野郎、やっぱり死んで正解だった」
 できる事なら、もっと苦しませてから始末すればよかった。知らず知らずのうちに残虐な考えを巡らせている事に気づいたのか、プラットは複雑そうに首を横に振った。
「ジェイコブは、そうでもなかった。多分、そっちの気がなかったんだろうけど。でも、手下の野郎にやばい奴がいてさ……捕まってからほとんど毎日、あいつのイチモツをしゃぶらされた。最悪だったよ」
 唇を歪めて自虐的な笑いをにじませたプラットは、こっちのひどく落胆した顔を見上げながら、感情の薄い声で続けた。おそらく捕われていた時に体験した中でも、うんざりする仕打ちだったのだろう。まるで他人事のような言い草で続けた。
「あいつ、よっぽど女にモテないんだろうな。昼でも夜でも、お構い無しに俺の前でズボンを下ろすんだ。抵抗したら殴られるから、やるしかなかった。あそこにいる間、アゴがどうにかなりそうだった」
 頰や鼻筋に残る傷痕が一層痛々しく見えた。同時に、凄まじい嫉妬が腹の底からうねり出してきた。ソファから立ち上がると、下着からペニスを取り出して、彼の顔に押し当てた。ごくりと息を飲む音が伝わり、罪悪感よりも興奮が先立ってしまう。
「お、おい……」
「悔しいんだ。頼む、あいつらより気持ちよくさせてくれ、プラット」
 戸惑いで目が泳いでいる。左目にはまだ殴打の痣が残っていて、地下の部屋では一層顔色が悪く見えた。
「……わ、わかった。言っとくけど、上手くないぞ……文句言うなよ」
 プラットは両のまぶたを伏せて、そろそろと先端を舌で絡め取った。根元に軽く手を添えて裏筋を舌先で舐めながら、蛇が獲物を丸呑みするようにどんどん奥へ含んでいく。まるで柔らかい女性器に挿入しているような甘い刺激で、頭の芯がズキズキと痛いほどに脈打つ。
「は……くぅ、う」
 歯を食いしばり、プラットの髪を掴んで緩く前後させた。太腿に手のひらを這わせて必死に動きを合わせる姿が、いじらしくてたまらない。全ての血がそこに集まっていくように彼の口の中でどんどん勃起していく。上手くないと言いながらも、眉根を寄せた悩ましい顔で、さらに緩急までつけて力強く吸われると、強烈すぎて目眩がしてきた。
「ああ、クソッ……すごいな」
 そろそろ限界で、腰が痺れてくる。名残惜しいがプラットの頭を剥がした。
 顔見知りは外出しているが、だからと言って全裸になる訳にはいかないので、ズボンと下着だけを脱がせた。ポケットから、シカの脂で作ったクリームを取り出した。そう言えば、これも死んだイーライに作り方を教わったものだ。ウィーティといい、ホワイトテイルの仲間にはどうも後押しされている気がする。
 はやる気持ちでクリームを指にとり、ずらした下着の奥を探る。赤く引き締まった部分に這わせて、傷つけないよう中へ塗り込んだ。プラットがこっちの腕を掴んできたが、構わずに視線を一点に集中させた。
「っう、く……ぁ、」
 はじめは緊張で突っ張っていたが、緩く抜き差しをしながら、丹念に塗り込んでいく。敏感になった皮膚はうち震えて、皮膚以上にあやしく滾った中もかなりほぐれてきた。ひくひくと収縮をして、一刻も早く犯されるのを待っているようだった。もうこれ以上前戯は続けられない。ようやく彼の、知られざる体の奥を味わえる時が来た。コンドームを取り出して雑に破り、腹につくほど立ち上がったものにかぶせた。
「準備、いいんだな……俺とやるために?」
「ああ。子供ができたら大変だろ」
「……バカ野郎」
 痛いくらいに勃ち上がったものを握り、先端で入り口を何度か擦った。それから、まるでそこへ口付けるように軽く埋まったのを確認して、ゆっくりと奥へ挿入した。想像していたが、やはりかなりキツい。神妙な顔で接点を凝視していたプラットだが、彼の熱い中をどんどんこじ開けるにつれ、表情が苦しそうに歪んでいく。
「ぁあ……!入っ……ぁ、くぅ」
「う……あんまり、締め付けないでくれ」
プラットが首を左右に振り、上擦った悲鳴をあげた。
「だって、あっ、ムリだって、……デカすぎる、っ」
 優越感と罪悪感のせめぎ合いになった。しかし傷だらけのプラットの顔を見下ろしていると、罪悪感がわずかに競り勝ってくる。バンカーで受けた仕打ちにより、保安官としての誇りを汚されたプラットは、まるで別人のようにうらぶれて見えた。ただ、自分は彼に痛みの上塗りをしようとしているのではない。互いの思いは一つだと、ここでやっと確かめる事ができるのだ。
「……お願いだ、力を抜いて、もっと楽にしてくれ。一緒に楽しみたいんだ」
 なだめるように体を密着させる。伸びっぱなしの髪を撫でながら、額から鼻筋、唇にキスをした。口下手なのは自覚している。言葉にできない言葉が、この口付けで全て彼に伝わってくれと願った。やがて、ただ震えていただけの唇が、おそるおそる動きを合わせてくる。震える彼の舌を吸い、中に潜んだ歯列を優しく舐めた。こわばっていたプラットの体が安堵するようにくつろいでいく。
「んっ、うん、っふう……」
 ソファの表面で滑りそうな膝に力を入れ、腰をうねらせて抜き差しを始めた。不思議な、そして強烈な感覚だった。底の見えない場所へぐいぐいと誘われる刺激は、一度で病みつきになりそうだ。思わず天を仰ぎ、深く呼吸をして強い快楽を噛み締めた。
「はあ、プラット……あんたの中、いい、すごく」
 喜ばしい事に、体の相性は悪くないらしい。次は腰のくびれを掴んで、小刻みに、しかし鋭く中を突き始めた。
「……っ!それ、いゃ、あっ!ああ、」
 プラットが上半身をねじり、喘ぎ声をあげ始めた。高い音が混じると悲鳴に近くなり、レイプでもしているようで胸が痛くなる。しかし深い愛情を込めて、円を描く軌道で動きの波を作ると、決して痛みだけとは思えない甘い息が混じり、表情も悩ましいものに変貌していく。血管が浮いた首筋に汗が滲んでいた。それを舐め取るように舌を這わせて、動きに捻りを加えて新しい刺激を探していく。
 抱いているのは骨張った男の体だ。しかし一枚剥がせば、それはこちらの昂りを力強く受け入れてくれる魅力的な肉体だった。
「っ凄い、プラット……」
「んっ……お前もな、ルーキー」
「ルーキーじゃない……名前、がある」
「そ、だったな……」
 悶えながらも、プラットは首に腕を回して、耳元で小さく名前を呼んでくれた。初めてだった。いや、着任当日、挨拶がてらフルネームを確認された時以来だろうか。今この時は全く違う響き方で耳の奥に溶けてゆき、脳みそを甘く震わせた。
 二、三度、肺いっぱい使って呼吸をした。それから脚を大きく開かせて、その両膝を掴んだまま、上からまたがるように腰を叩きつけた。互いに汗ばんだ太ももがパンパンと気味の良い音を立てる。プラットは驚いていたが、すぐに目元を歪ませて熱っぽい声をあげた。若い欲望を美味そうに飲み込む粘膜がもう一つの喉のように収縮し、悦びの悲鳴と涙を漏らしていた。
「ひっ、ぁあっ、そこ、いい…ッ!」
 プラットの肌も赤く火照り、あそこもすっかり勃ち上がっている。休みなく肌をぶつけなが抱き合う格好になり、何度もキスをした。硬いソファが一定のリズムで軋む。プラットも自ら腰を使い、互いに快楽を手繰り寄せ合った。
「ぁんっ、はっ、す、好きだ……すき、ぃいっ」
「俺も……ぁ、っく」 
 言葉を返したいが、頭が追いつかない。殴るように突き上げる衝撃でプラットの体が跳ね、のけ反った喉から悲痛な声が続けて漏れる。女みたいに高く切ない声で、何度も名前を呼ばれた。
 休みない抜き差しの動きに合わせて、熱で溶けたクリームがグジュグジュと卑猥な音を漏らす。ピストンでかき混ぜられて真っ白に泡立ち、淫猥に濁った蜜と混ざりながら、尻を伝ってこぼれ落ちていた。ソファに染みができそうだが、そんな事を気にしている余裕はなかった。
「や……ばい、もう、イキそうだ、っ」
 完全に自分本位の動きになって、プラットの体を内側に深く折り曲げて臀部を固定し、弾力のある肉を鷲掴んで突きまくる。ガクガクと体を揺さぶられながらも、顔を真っ赤に染めたプラットは全てを許すように何度も頷いた。
 獣じみた衝動をめちゃくちゃに叩き込み、最後に一番奥へ熱を突き刺した。尻から脳天まで稲妻みたいに駆け上る絶頂に、全身が激しく震えた。プラットがか細い声をあげて、大きく身体を痙攣させている。その震えと締め付けがまた快楽を増幅させて、意識が何度か明滅した。
 うめき声と共にプラットの中から勢い良くペニスを抜き出し、ゴムを剥ぎ取って顔の上で激しくしごいた。
「ああっ、ちくしょう……最高だ、っ」
 どぷどぷと顔面に飛び散り、唇の端から顎へ流れていく精液は、ここ最近出したもので一番濃く粘ついていた。
 一気に脱力して、そのままソファへ座り込んだ。隣ではプラットが身体を投げ出し、汗ばんだ胸を上下させながら呆然と天井を見上げていた。やがて独り言のように「すごいな、若いって」とつぶやき、顔に飛び散った粘液を指で絡め取り、音をあげながら吸った。一通り綺麗にすると、よろよろと肘を立てて身を起こした。
「プラット?」
「ほら、まだ垂れてる」
 呆れたように微笑みながら、プラットは股間に近づいてきた。そしてさっきまで自分の尻に入っていたものを、ためらいもなく握りこんで口に含んだ。じゅるじゅる音を立てて頬張りながら、喉の奥に残滓を飲み込んでいく。
 全てを舐めとってくれた頃、ぼんやりした想像が確信に変わった。そうだ、彼はきっと、間違いなく……。



 夕方のバーベキューにはホワイトテイルのメンバーが大勢集まった。二日ぶりに会ったウィーティは少し離れた場所でポータブルのレコードプレイヤーをいじり、お気に入りの曲をかけて場を和ませている。目が合ったので親指を立てて見せると、すぐに意味を察してウインクを返してきた。まさかコンドームを使った相手が、基地を間借りしている男の保安官だとは考えてもないだろう。
 夕陽が落ち、宴も落ち着いた頃。瓶ビールを二本ぶら下げて、アルミのチェアに座ったプラットの元へ向かった。皆とは離れた場所で、チェアの右端を空けて座り、雲が薄く伸びた夜空をぼんやり眺めている。山合いのロケーションは空気こそ冷たいが、星が一層近く見えてロマンチックだった。いや、プラットが愛おしいから、彼を取り巻く景色がそんな風に見えるのだろうか。
「……よおルーキー。どうした」
「少し、静かに飲みたくなって」
「そんなガラかよ。まあいいけど」
 抱く前と後では、こんなにも違うのかと思うほどプラットはセクシーに見えた。ビールを空けて、改めて乾杯をした。黙って瓶をあおる横顔。上下する喉仏と唇をしばらく見つめていたが、唇を舐めながら言葉を切り出した。
「……なあ。プラット。男は初めてじゃないんだろ」
 イエスともノーとも言わず、プラットはしばらく星空を見上げている。すぐに答えないのは肯定を渋っているのだと、どうやら自覚していないらしい。
「ジェイコブの手下の野郎とは別で、だ。ずっと前から、あんたは男を知ってた」
 ここまで追い討ちをかけて、ようやくプラットは重く頷いた。ほとんど確信していたせいか、あまり大きなショックは受けなかった。
「……俺が保安官になったばっかりの頃。上司に誘われて、ちょっとの間だけ、な」
「恋人だったのか?」
「いや、あっちには嫁さんと子供がいた。内緒の関係ってやつさ。俺もまだ若かったし、金もなくて、ろくにガールフレンドもいなかったしな」
「……」
 ビールを一口あおり、唇を湿らせてからプラットは続けた。
「こっそり続けてて、一年くらい経った頃かな。俺が非番の時に連絡が来た。あの人が撃たれたって。酒屋で強盗を取り押さえようとして、腹と太腿に三発お見舞いされた。即死だった」
「……ひどい話だ。悲しかっただろう」
「俺はいいんだ。こんな仕事だから、覚悟はしてた。可哀相なのは残された嫁さんと子供だよ。子供はやっとパパ、ママが言えるようになったばかりだってのに。直属の部下だった俺が、彼女達の家に行って、伝えたよ。正直、あんな思いは二度としたくないね」
 上を見ていたプラットの横顔が、花がしぼむように俯いていく。
「なあルーキー、わかるか? 死ぬって事は、死んだ奴の人生が終わるだけじゃない。残された人間の記憶にしがみついて、そいつらをいつまでも苦しませる事なんだ」
「プラット。恋人を作るのが怖いのか」
「……そうかも知れない。実際、俺はジェイコブに捕まって、一生忘れられないような、ひどい目に遭わされた。お前が助けに来てくれた時は、イカれた頭が作った幻だと思ったよ」
「俺は本物だ」
「わかってる」
深く頷いて、下を向いていた顔がこちらに向けられる。疲れ切った目元の隈は相変わらずだが、口元は穏やかにくつろいでいた。
「ここを出たって、平和に暮らせる保証はない。その前に、ここを生きて出られるかどうかの保証も。だから、お前は俺より先に死ぬな。俺はあんな思いはもうしたくない。愛してる奴に置いていかれるのは、一度きりでいい」
「プラット……」
「ふっ、答えになってるか? とにかく、これが俺の言いたかった事だ。ずっと待たせて悪かったな」
 思ってもみなかった言葉と柔らかい表情に、今度は自分の方が戸惑ってしまった。彼の答えを飲み込んだ腹が熱く燃える。
「そうだな……一緒に生きよう、プラット」
「ああ。今の俺には、ルーキー、お前だけだからな。そう、お前だけ」
「……あんた。まさか、まだ洗脳されてるのか?」
「バカだな。このフレーズが気に入っただけだ」
 この期に及んで驚かそうとしているのか、片眉を持ち上げて不穏な笑み。つられて笑いながら、しばらくは何も語る事なく、星空を見上げた。

 満天の星空は永遠の夜を思わせるほど美しい。しかし藍色の空を照らすいくつかの星が、不意に次々と流れ落ちていくのに気付いた。
(……何だ、あれ)
 思わず目を凝らした。三つ、四つ、いや、もっと落ちている。流星群のように幻想的な光景ではなく、まるで何かに撃ち落とされるように、星たちは行方も知れない闇の向こうへ消えてしまった。
 それはひどく不思議な、そして不気味な気分だった。隣でぼんやりしている彼は、今の光景を見たのか見ていないのか、何も語らない。背筋が寒くなったが、同時に一抹の安堵も見出した。そう、きっと気のせいだ。心地よく疲れた頭が生み出した、趣味の悪い幻に違いない。
 すっかり気の抜けたビールを、一気に飲み干した。忘れがたいトラウマとなってこびりついたあの忌まわしい歌が、何故か今は心地よく耳に流れこんできた。