バックレストがついた円形のソファは、男二人がくつろいでも十分なサイズだ。バスローブに身を包んだコウメイは殺月の肩にしなだれかかり、身を寄せなければ聞こえない程の声で囁いた。

「マカオはどうでした、殺月さん」

「ああ、カジノは二週間もいると飽きるな。食い物も遊びも女も同じようなモンばっかりで、刺激がなくなる」

「そうですか。僕みたいなのがいたら、ちょうど良かったんじゃないですか?色々と」

 日本は約一ヶ月ぶりだった。空白の期間に対して、一人前に拗ねているつもりだろうか。

 腰を抱いたまま、バカラに注いだコニャックを呷り、キスで口移す。ごくり、と喉が鳴る音。かち合った目はアルコール以上のものに陶酔しているようだった。わかりやすい奴だ。

「美味いか?」

「ええ、とても……。ねえ、もう一口いただけませんか」

 首元に、媚びるような動きで腕を絡めてくる。これ程密着されるとバカラを口に運べない。顔を寄せ合い一口目の芳香が残る舌同士を絡ませて、しばし言葉なき会話を楽しんだ。バスローブの襟を指先でなぞって開くと、鬱血痕の真新しい首、胸元が露わになる。

 猫を抱くように体を持ち上げ、自分の上に跨らせた。生白く温度の低い太腿が、意図を持った動きで下腹部にすり寄った。先程までコウメイに悲鳴を上げさせていたものが、また慾望の波をうねらせる。目元を赤らめ自らの濡れた唇を舐めながら、コウメイはすっかり勃ち上がったそれに指を絡め、ゆっくりと体の中へ飲み込んだ。

 既にたっぷり満たされた粘液で、接点は難なく繋がっていく。腰から背中、脳に心地よい痺れが駆けのぼった。ぴたりと隙間なく肌を合わせれば、もう止めようがない。雄の牙はコウメイの若く柔らかい肉を貪らんと、一層硬く大きく研ぎ澄まされていく。

「あぁ、凄い……殺月さん、っ」

 コウメイが喘ぎながら身をよじり、やがて体を上下に揺すり始める。揺れる度にバスローブがズルズルとはだけて、ほとんど全裸の格好になった。

「くく、もう何回目だ?一晩中いけそうだな。お前、俺がいない間はどうしてた?オカダとヤッてたのか」

「ふっ……まさか。力だけで、頭の悪い男は、タイプじゃない……」

 僕好みの男は、目の前にいますから。そう付け足して、狐のように軽薄な顔がにんまりと笑った。

 

 コウメイはIQだけは高い、タチの悪い馬鹿だ。

 ビジネスの清濁入り乱れた神室町で、裏稼業を転がし有り余る財を手に入れた殺月。コウメイはある時から中国系フィクサーを通して殺月に近づいてきた。魂胆は見え切っていた。神室町に買ったこのペントハウスへ呼びつけ、一頻り飲んだ後に寝室へ体を引きずり、キングサイズのベッドに押し倒した。その体で愉しませる事ができたら雇ってやってもいいと条件を出すと、一瞬動揺は見せたが、自ら服を脱いできた。

 女なら飽きる程抱いてきたが、コウメイは男とも女ともつかない面妖な抱き心地だった。細身で肌もきめ細やかだが、そこらの半グレより腕は立つし見た目よりも頑丈に出来ている。乱暴に扱ってもぶっ壊れる事はなく、ガキを孕む事もない。非常に都合のいい存在だった。

 情けや親愛は間違いなく足枷になる。何度も死線を掻い潜ってきた地獄のような経験は、殺月を心のない獣に育ててくれた。

 

 ソファからコウメイの体を引きずり上げて、神室町の夜景が見渡せるガラス張りの壁に手をつかせる。コウメイの髪を掴んでガラスに額を押し付け、眩いネオンの箱庭を共に見下ろした。

「もうすぐだ。もうすぐこの街が俺達のものになるんだ。素晴らしいだろう」

 コウメイはガラスについた手を震わせた。硬い壁をもどかしそうに爪で引っ掻く。それに構わず再び挿入し、腰を押さえつけて次は思うままに中を貪った。

 がつがつと何度も突くと、身長差の所為で時折コウメイの踵が浮き、恭悦する声も一段と高くなる。感じ入ると悲鳴のような声をあげながら頭を左右に振るのが癖だ。躊躇いもなくガラスに額をこすりつけ、汗ばんだ髪が血管のように細く長くガラス面に張り付いていた。

「殺月さん、ぼく、欲しい……」

「何をだ?」

 答えはない。不安定な呼吸に、狂ったような唸りが混じるのみだ。喘ぎなのか、笑いなのか、判別のつかない声をあげながら、コウメイはひたすら「欲しい、欲しい」とねだった。

 

 ……どうかしている。愛玩とも呼べない愛玩に悦を感じて狂っていく奴隷。そしてこの奴隷を恋人のように側に置き、隅々まで支配したがっている自分もだ。

 所々が熱で曇ったガラスの壁から、眼下を見渡す。電飾にまみれた欲望の街が、何も産まぬ虚しい享楽に耽る二人をじっと見上げていた。