「お前も飲めよ長谷部。九州の知り合いが送ってくれた森伊蔵だぞ、美味さは保証されてるからさ」
焼酎瓶を掲げて見せると、長谷部は目つきを渋くして「主も酒がお好きでいらっしゃる」とぼやいた。
「長谷部」
「俺は結構ですよ。仕事に差し障りますので」
「何だよ、つれない奴だな」
芋焼酎はそのまま湯割りにしても良いが、飲む前日に軽く水で割り、それを熱燗にするのが美味い。
わざわざ薩摩焼の千代香まで取り寄せたというのに、誘いにはなびきもせず、長谷部は部屋の隅で畳に膝をついた格好を維持している。
「主人の晩酌に付き合うのも仕事のうちだぞ。ほら、一杯だけでも飲めって」
あまり乗り気ではなかったようだが、長谷部は仕方なく腰をあげ、盃を受け取った。そこに並々と酒を注いでやる。甘さと辛さが絡み合う、芳醇な香りが広がった。
「……失礼します」
長谷部もいけない口ではないが、酒や遊びでだらだらと時間を潰すのは性に合わないようだ。典型的なワーカーホリック、仕事が恋人のようなものだ。
「そう言えば、お前は宗三と付き合いが長いんだろ?ちょっと聞きたい事あるんだけど、いいか」
「宗三ですか。まぁ……他の者よりは、多少は話しますが」
「そうだろ?宗三のやつ、俺を相当嫌ってるみたいでな。俺の事、何か言ってなかったか?」
長谷部の目線が微かに逸れた。
「……失礼ながら、主の思い過ごしでは?あいつは誰にでもそうですから」
「そんなもんか?お前が言うなら、そうなのかもしれんが。問題があるのは宗三だけじゃないし、そもそもここに来る奴らは皆、クセが強すぎるってのもあるがな」
雑談をしながら長谷部の盃を満たし、また話を変える。注がれたものは飲み干さねばなるまいと、長谷部は話に相槌を打ちながら、時には仲間への苦言をぼやきながらあおった。
一升瓶を丸々空けた頃には、ぴんと張られていた長谷部の肩は少し和らぎ、目元はほんのり赤らんでいた。
「長谷部、どうした?目が据わってんぞ。飲みすぎじゃないのか」
「……主の酒を飲まない訳には、いきませんから」
「可愛い奴だな。ほら、襟がきつそうだ、楽にしろよ」
長谷部をこちらに引き寄せて、固く留めたブラウスのボタンを、一つずつ外していく。
現われた首筋は火照っており、鎖骨にかけては近くで見なければ分からないがほんのりと汗ばんでいた。
首筋から長谷部の顔へ目線をずらすと、長谷部もまたこちらを見上げていた。
「……」
口づけを与えるのに、十分な頃合いだった。酒の席はすぐに情事の空気へと変わった。
外側から見る以上に酔いが回っているようで、その柔らかい舌は鼻腔から脳まで熱くさせるほどに情熱的だった。
たっぷり舌を味わった後は、服を着ても見えないように鎖骨や喉の下を吸い、その肌に真っ赤な痕を残していく。
「あ、主……」
すっかり力が抜けて床に手をつかんばかりの長谷部の目の前に、どっかりと膝をつく。着物の間から陰茎を取り出して、顔の前に見せつけた。
「こっちも味わってくれよ、なあ」
「っ……承知、しました」
いつもより答えに若干時間を要した事が少し気になった。酔いで判断が鈍っているせいではなく、一瞬理性を取り戻し、我に返るような違和感のある表情を見逃さなかった。
長谷部が何を思ったかはまだわからないが、これを一度口に招き入れれば、滲ませる蜜の味に夢中になるのが彼らに植え付けられた本能だ。
「う、んっ……ふぅ、」
鼻筋を陰毛に深く埋めて、ためらいなく喉奥まで肉棒を飲み込んでいく。
口淫をさせながら、力の抜けた腕を片方ずつ取り上げ、白い手袋を外してやった。
「上手いな、けど口だけじゃ少し物足りないんだよな」
「ん、……は、い」
素手で付け根を握り、更に片方の手が、猫の顎を撫でるように陰嚢を弄る。長谷部の口の端から収まりきれない粘液がとろとろと溢れてくる。
几帳面に額の中央で分けた前髪を掴み、少し上を向かせた。じゅるじゅると裏筋を舐め、卑猥な奉仕をやめないまま長谷部はじっとこちらを見上げて主の次の要求を待っている。
「やっぱりお前が一番上手いな。大倶利伽羅なんかは酷いぞ、何回教えても途中で歯ぁ当てやがって」
「っ……ほ、他の者の話は、っん、今はしないでいただきたい……」
「くく、悪い悪い。……よし、そろそろいいか……」
長谷部の脇を抱え上げて、部屋の奥、外がよく見える窓枠に腰掛けさせた。枠には十分に座る幅があり、高さも腰ほどはあるので、行為に至るには適している。実際この窓枠に座らせたのは彼だけではない。
長谷部の穿き物を脱がせ、裸の脚を掴んだ。窓際ゆえ外の寒さがじわりと肌に伝わるが、それも気にならない程これから互いの体は熱くなるだろう。
脚を目一杯開いてやると、すでにひくひくと疼いている健気な秘部が露わになる。
長谷部の粘った唾液と先走りに濡れた欲の杭を、積もりきった新雪に足を踏み込むようにぐいぐいと埋めてゆく。
「は……っぅう、っ」
懸命に押し殺したか細い呻き。
しかし腹は波打つように動き、欲望に膨らんだ雄をさらに奥へと誘い込んでくる。最奥へ到達する頃には、体は燃えるように熱く、繋がった部分はそこに心の臓が根付いているようにドクドクと脈打っていた。
熱い部分に欲望をまるごと包まれる心地よさをしばらく堪能していたが、ふと窓の向こうの景色に変化を見つけた。
「……雪だな、昨日から降りそうな雰囲気だったけど」
いつの間にか、音もなく降り始めていた白い粒。季節外れの蛍が舞うように、それはふわふわと掴みどころがない動きだ。墨で潰したような夜闇がほんのりと明るくぼかされていく。
そして曇り空から差し込む僅かな月光が、雪の白さを引き立たせる。顔を真横に垂れて悶える長谷部の肌を仄かに照らす様はなかなかの艶具合だ。
「綺麗だよなぁ。こんな綺麗なもの、誰にも見せたくはねぇよな」
塗れた唇を指で拭ってやり、脛を掴んで抜き差しを始めた。
「っ、んん!い、あっ、はっ……」
しがみついてくるかと思ったが、長谷部は窓枠を掴み、音が出る程激しい打ち付けに耐えている。
審神者との交わりは、戦う道具である彼らに、心身が痺れ狂ってしまう寸前の強い快楽を与える。
躾の行き届いた犬である長谷部なら、普段は自ら腰をくねらせ、こちらの名前を大声で呼ぶ所なのだが。
「宗三は損してるよな。あいつ、まだ俺と寝ようとしねぇんだよ。何でだろうな、こんな楽しい事他にあるか?」
「……んっ、だから、他の者の、はなしは……っア、ぅう」
顔を横に振り、目を合わせない頑なさ。今夜の違和感の正体がようやく掴めた。
「お前、宗三に何か吹き込まれたんだろ?大方、俺がろくでもない男だとか、そういう話だろうけどな。ははっ……お前さっきから、俺に抱かれんのが後ろめたくてたまりませんって感じだぞ。いちいち真に受けてんじゃねえよ」
「……俺は、何も、っ……」
顔を背け、話を聞き入れようとしない長谷部はいじらしいが、微かな苛立ちも覚える。
掴んでいた脛を引き寄せて、こちらの肩に乗せた。彼の両足を担ぐと、しっかり繋がりあった部分が若干上を向く。その淫らな眺めを堪能しながら本格的に抜き差しを始める。長谷部が背をつけた窓枠が規則的な速さで軋んだ。
「んっ、ぐ、ぅう、……あ、ある、じ……」
「そうだ、もっと呼んでくれよ、寂しいだろ?」
「あっ、ある……じ、主、っあぅ、ひ、いいっ」
体はすっかり蕩けているが、力ずくの愛撫を打ち込まれていくうちに、徐々に心もどろどろと溶け出したようだ。長谷部は気が触れたようにこちらを呼び、肩に腕を回してきた。
体がしっかりと密着した状態で、暴力的な律動を与えると長谷部は何度も顔を仰け反らせ、泣き声のような掠れた喘鳴を漏らした。
「ああ、っ主、い……欲しい、です、欲し……」
「よし、いいぞ……何が欲しい?ほら言ってみろ」
汗で濡れた髪を搔き撫でてやると、長谷部の唇がわなわなと震えた。
「ぁっ、お、俺のここに……主の子種を、注いで、ください!お願い、です」
「くく、それでいいんだ、お前は」
素面なら口が裂けても言わないような言葉を、必死に息を繋ぎながら訴える様はなかなか愛らしいものだ。
長谷部の頭ががくがくと揺れるほど突き上げ、何十回とその奥を攻め抜いた後。腰を押さえつけて、熱すぎる肉壁の最深へ思い切り射精した。
「ああぁっ、んぁっあぁ、主ぃっ!ぃぃいっ、あ、あ!!」
肩に密着した長谷部の太腿がびくびくと痙攣し、それから螺子が外れたように、急速に脱力してしまった。
こちらも酔いは回っていたが、思ったより量は更に出そうだ。続けざまに射精するのを途中で引き抜いたため、跳ね上がった陰茎からどぷりと白濁が飛び散り、長谷部の腹や胸を汚した。
抜いた陰茎に絡みつく精液を手のひらでしごいて取り、どろどろに濡れた肌から精液を指で搦め捕った後、空虚に半開いた長谷部の口に指を入れてねぶらせた。
「いいか、宗三をどうするかは俺の裁量だ」
「……っ、ん、げほっ、ぅう」
肩で息をする長谷部の口に、更に粘液をねじ込ませる。噎せるのには構わず、顔を片手で掴んでこちらを向かせた。
「争いってのは、大概内側から火種が生まれるもんだ。同情なのか知らんが、これ以上宗三に肩入れするな。妙な真似をしたら、宗三もお前も、それなりの処罰を受けると思え」
肩でぜえぜえと息をしながら、長谷部は涙で潤んだ目をしばたかせ、こちらを見た。
「……ぉ、……仰せの、ままに……主…」
その時長谷部が見せた、怯えと哀しさ、僅かな怒りをはらみ歪んだ貌には見覚えがあった。
彼の心をいまだ縛り付ける、あの魔王の話をする時の表情だ。
長谷部は他に換えがきかない、扱いやすく従順な駒である。が、やはり宗三と同じく、消しようがない傷痕にいつまでも囚われている。つまらない過去に心を留まらせず、慾望の沼へ身を沈めればどれほど楽になるか。これからじっくりと時間をかけて、心と体に教え込んでやらねばなるまい。
息絶えるように倒れこんだ長谷部の頭を膝に乗せて、体には上着をかけて眠らせた。
しばし窓の向こうに降り続ける雪を眺めていたい気分だった。