個室でいつもの会議を終えた夜。真虎さんの部屋に呼ばれて、酒で火照った互いの体を貪り合っていた。これが慣例化した行為になって、もう随分な時間が経つ。

「葉山、っあ……そこ、好き」
 シーツの上で体を押しつぶすように、腰を深く落として真虎さんの体を攻めあげた。背中や髪に絡みつく手指は力が強く、女のものではないが妙なしなやかさが有り、その妖しさに惑わされる。掠れた声が熱色の息に混じり、冷えた空気に弱弱しく溶けた。
 嬌声は儚い癖に、腕の力は俺の首を締める程の勢いでしがみついてくる。それがまた刺激的だった。
「真虎さん……中、っ、いいですか」
 首筋に埋まった真虎さんの頭が、緩く何度か頷いた。
 それを合図のように、強い快楽が背筋を駆け上がり脳味噌が痺れる。腰を隙間なく密着させたまま歯を食いしばり、限りなく痛みに近い締め付けを堪能した。何度も脈を打ちながら、行き場のないドロドロとした熱が真虎さんの中を満たしていく。
「はぁ……っ、すげぇ」
 大きく息を吐いて、気が済んだものをゆっくり引き抜く。
「ん……っ、くぅ」
 引き抜く間も、真虎さんのそこは軽く痙攣していた。やがて、背中に巻き付いていた腕が解けてシーツに落ちる。脱力してなお、悩ましく寄せられる眉。俺からの視線を閉ざす目。微かに開いて、それから何か言いとどまるようにきゅっと締まる唇。モノを引き抜かれる不快感と、それ以上の感覚に浮かされているようだ。
 誰の前でも澄ました顔が内側から崩れるように乱れる様を知っているのは俺だけだろうか、知る由はない。
 ただ少なくとも俺にとって、独占欲などというつまらない気を無性に起こさせるのはこの人だけだった。



「……何かあったの?葉山」
 同じ温度になった体は少し離れると、徐々に冷えてやがて他人の温度へと変わる。真虎さんはベッドの上で、俺との間に一人分の距離を取っていた。これくらいが丁度いい。終わった後にベタベタと触って来る女と違って面倒がない。
「どうしてです」
「どうしてって、イラついてるじゃん」
 愚問を鼻笑で伏せる、顔は既に日常の色を戻していた。この人から非日常を引きずり出せるのはほんの一瞬だ。
「真虎さんは、何でもお見通しなんですね」
「そんなにあからさまなんだから、俺じゃなくてもわかるよ。けど珍しいね」
 葉山がカリカリしてるなんてさ、とヘッドボードの煙草とライターに手を伸ばす。
「こういう時くらい、俺にもありますよ」
「ふーん……」
 ライターの火が真虎さんの顔に近づくと、灯る黄光が横顔にはっきりと陰影を作る。唇に挟んだ煙草の先が小さく火照り、細い紫煙が糸のように立ちのぼった。
 一口目の煙を吐いた後、真虎さんは煙草を挟んだ手を顔に近づけ、親指の腹で目元を擦った。疲れているのだろうか。多少なりとも乱暴に扱った覚えはある。その所為かとも思ったが、そもそも傷つけないように大事に抱く、なんて気を遣うような関係でもない。
 ぼんやり考えながら横顔を見ていると、こちらの思考を遮るように真虎さんが話しかけてきた。
「葉山ってさ、髪、おろしてる方が似合うんじゃない?」
「ああ……そういや、タツヒコにも同じような事言われましたね」
 言っておきながら、ああしまった、と胸中で唾を吐く。
 今はあいつの存在が、自分の身を脅かす不穏の種だった。
「タツヒコか、はは」
 何やら可笑しそうに唇を歪めている。この名前を聞くと、真虎さんは顔つきが変わる。意図的なものなのか、自然とそうなってしまうのか。
「あいつ。今頃は横浜かな。しかし驚いたね。今回の大抜擢には」
「そうですね。あいつが動きやすいように、こっちからある程度手は回しましたけど。それでタツヒコに俺や真虎さんみたいな仕事がやれるかどうか……ある意味博打ですね」
 そうだね、と頷きながら真虎さんは煙草の灰を灰皿に落とした。
「あいつにお鉢が回ってきたのはお前の言うとおり、偶然にしちゃあ出来すぎた話だよ。タツヒコは乗り気だったみたいだけど」
「そうですね……」
「それにさ、伊豆の帰りだっけ?タツヒコは見たんでしょ」
 何を、と言いかけて、ぐっと息が詰まる。
 真虎さんの唇が四度、形を変えた。

「 ヒデヨシ 」

 それは囁く程の声色だったのか、一瞬突き刺さるような目に慄いたせいか、俺の耳には入らなかった。
 目の前の唇がはっきりと作ったその四字。乾きかけた首筋に、汗が一滴流れる。
「……死んだ人間が、見える訳なんてないのにね」
「……」
「ま、あいつなりに責任感じてたんだろうな」
 続いた言葉はようやく俺の耳に届くものとなったが、強烈な喉の渇きに眩暈を覚えかける。
 俺の胸中とは対照的に、煙草を咥えた真虎さんの唇は柔らかく緩んでいた。
「タツヒコのやり方は正直、俺達の常識より相当ぶっ飛んでるよ。けど、慣れのある俺達だからこそ、切り捨てちゃう見方や考え方があるんじゃないかな。経験の上に胡坐かいてさ、若い芽を摘むのは古臭いし、意地悪だよね」
「……」
「あいつの納得がいくまで、好きにさせた方がいいのかもな……あいつはそういう奴だからね」
 少し上に目を転じて真虎さんは煙を吐いた。俺はその姿を黙って見つめるしかできなかった。
 再び、真虎さんと目が合う。
「……どうしたの?葉山」
「いえ、別に」
「何見てんの。もう一回したい?」
 くわえ煙草の唇が、片方だけクスリと持ち上がった。

 宙に浮かんでは消える言葉遊び、気だるいやり取り。緊張を誤魔化すように、真虎さんの煙草を奪い取った。灰皿でもみ消して、代わりに何度目かわからない口づけを与える。真虎さんは応えながら、あやすように俺の髪を撫でた。今髪に触られるのは、心臓を掴まれている心地がして気分が悪かった。
 この人から全て見透かされているように感じるのは、俺が裸だからじゃない。この人が隠し持った冷たい虎の牙に、いつだって喉元を甘く噛まれているせいだ。
 いつ食われるのか、わからない。二人がフィフティ・フィフティの共犯者だと思っているのは、きっと俺だけなんだろう。