【前】

膝丸は気位が高く、少々ほぐし難いところがある。
ほぐし難い彼を巧く懐柔するためには彼の弱点を探し、気位を傷つけないようにこちらへ取り込む必要があった。
そういえば、膝丸は自分を蛇だと自虐する節がある。そこで、子供の頃に蛇に悪戯をした記憶と重ねてみた。蛇という生き物は暗闇を這いずり生きてきたせいで、目が退化しかけている程に視力が弱いらしい。
おそらく膝丸の弱点、蛇に例えれば盲点は、彼が自分以上に自慢の種にしているあの兄に間違いないだろうと思った。

顕現して間もない夜に寝室へ呼ばれた膝丸は、寝着姿の自分を見て眉をしかめた。
「膝丸、今日はここで俺と寝るぞ」
「は?……君は童子か?俺たち刀はここで主を寝かしつける仕事までしなくてはならんのか」
「童子ね。お前よりは長生きしちゃいないが、そういう意味じゃない。お前はまだ来たばかりだから知らないと思うが、ここに来た奴らには、俺が直接体を清めてやるようにしてるんだ」
言いながら腕を引き、膝丸の体を胸に寄せた。
「何だ、身を清めるとは?そんな事は聞いて…」
訝しげな膝丸が言葉を言い終わらない内に頰を掴み、唇を喰った。
「!」
頭の後ろに手を回して逃げられないように押さえつけ、奥に引っ込もうとする舌を巻きとる。やはり人間の姿をしている割に、舌は蛇のように長い。唾液をその舌に塗りつけ、執拗に口づけを続けた。ざっくりと切られた白い髪を撫で、背中や腰を抱きしめると膝丸の鋭い犬歯がおののき、力が抜けていくのが感じられた。
言いふらす事でもないが、この唾液には微量の催淫作用がある。
主への敬愛と服従を促し、体を開かせるための薬のようなものだ。
そのまま布団に引きずり倒し、上からのし掛かって乱れ髪を梳いてやる。
ようやく悟ったのか、膝丸は荒い息遣いでこちらを睨んだ。
「君は……交わるつもりか?俺と……」
「ああ、それが清めの儀式だ」
膝丸の、神経質につり上がった眉が嫌悪の形に歪む。何かを考えるように口元を引きつらせ、次には凡そ予想していた問いを刺してきた。
「おい、……待て。兄者は俺より先にここへ来たと言っていたぞ。君はまさか、兄者にもこんな、不埒な真似をしたと言うのか?」
やはりだ。膝丸の中心には常にあいつがいる。
「にやにやしていないで、答えろ」
「膝丸は、本当に髭切が好きなんだな」
「はぐらかすな」
「残念だが、まだだ。寝室に来る約束をさせるんたが、髭切はいつもすっぽかしやがるからな」
膝丸が軽く眉を持ち上げて、次には安堵したような、或いは呆れたようにため息を漏らした。
「……はぁ。兄者はあの性格だからな、約束なんて飯を食ったらすぐに忘れてしまう」
「そうだろうな。まぁ、これには清めの意味もあるが、半分はお互いを理解し合う挨拶みたいなもんだ。全員にやる訳じゃない。短刀のチビ共にはさすがに俺も手は出せんよ」
「そうか。約定でないのなら、俺にも断る権利がある訳だな」
「あると言えば、ある。が、お前が今断れば、その代わりに髭切を抱くぞ。あいつが来ないなら、俺があいつの寝床に行けばいい話だ」
「何だと?」
「兄弟なら話は早い。髭切を抱けば、弟のお前にも清めの効果を共有できるかもしれんしな」
「……駄目だ!それだけは、たとえ主でも」
「そうか。じゃあ、仕方ないな」
身を起こしかけた膝丸を敷布に抑えつけ、堅く詰めた襟を解いてやった。
「じっとしてろよ?兄貴の分までお前をたっぷり可愛がってやる」
「……っ」
膝丸は返す言葉を必死に探しているようだったが、そのひんやりした青白い首を吸い、服を剥ぎ取ると顔には次第に観念の色が浮かびつつあった。
「……好きにすればいい」
衣摺れに混じったか細い言葉は、やがて熱っぽい吐息へと変わった。



【後】

「いっ、ひぁ、あ……あぁっ!」
緩くくすぐるように突き、時折気まぐれのように奥深くを激しく蹂躙する。
膝丸は喉を仰け反らせ、蛇と言うよりは蜘蛛のように脚をしっかりと腰に絡みつかせて愛撫を受け入れていた。
膝丸は華奢な体格のせいか、それとも単純に相性の問題なのか、何度抱いても挿入中は快楽より痛みが勝るようだ。しかし、
「そろそろ欲しいか?」
「……あ、っ、ほ……しい」
脚を大きく開かせて、接点が上を向くように膝丸の体を内側に折り曲げた。
その尻にまたがるようにのし掛かり、両脚を掴んだまま肉棒を抜き差しする。既に先走りで粘ついている中がずぷずぷと音を立て、急速に射精を促していく。
「うあっ!あっんん、早く、はやく……っ!」
「ああ、出すぞ、中に全部出すからな、こぼすんじゃないぞ…!」
最後の一突きで、肛門から背筋にかけて痺れが突き抜けた。そのまま膝丸の窮屈な直腸に精液をぶちまけた。
どくりどくりと、脈をうちながら中を満たしていく情欲の蜜。
「ああ、熱い…あつ、いぃ…ッ、あっ、うあああ!!」
尻穴をヒクヒクと痙攣させ、膝丸が恍惚とも悲痛とも取れる声で叫んだ。
膝丸が抜き差しの痛みを忘れるほど悦に狂うのが、この雄の種だ。唾液同様、審神者の魔羅と子種には彼らを孕ませる事はないものの、その体を骨抜きにする淫らな力がある。膝丸は特に、精液を注がれる事で正気を保てなくなる程感じ入ってしまうようだ。
欲望の全てを注ぎ終わる頃には、膝丸は壊れた人形のように横向きに頭を傾け、口の端から涎を流して気絶していた。




「……ねえ。よかったよ、今日も」
「そうか?それなら嬉しいもんだ」
枕元の灯皿が微かに揺れた。
隣に眠る獅子のように薄い金の頭が、こちらへ寝返りをうったからだ。
「そろそろお前の方から俺の部屋に来てくれるともっと嬉しいんだけどな」
「あぁ……、ごめんごめん。言われた時は覚えてるんだけど、夕方になってご飯食べるでしょ?そしたらもう忘れちゃってるんだよねぇ」
「お前、よく千年もそれでやってこれたな」
「ふふ。……あれ?髪に何かついてる」
こちらの頭に裸の腕を伸ばした髭切は、手に取った糸のようなものを不思議そうに枕元の灯りに照らした。
「うーん?この色、どこかで見たような気がするんだけどなぁ」
寝巻きか持ち物に絡みついていたのか、髪には自分でも髭切でもない色の頭髪が一筋入り込んでいた。
色はぼんやりと白く、もっと明るい所なら透き通るような薄緑にも見えるだろう。
「あー、俺の白髪かもな。四十近いし、年には逆らえんな」
「……あ、そう。じゃあ、そういう事にしとこうかな」
いろいろ考えるの面倒くさいし、と背中を向けて眠る体勢に入った髭切は、それからぽつりと一言だけを放った。
「……ねえ、あの約束だけは、忘れてないからさ。絶対に守ってよね」
「ん?ああ、あれか。わかってるよ」

――僕の可愛い弟だけには、こんないやらしい事させないでよね。

(だったかな、確か。)

既にすやすやと寝息を立てるその背には、人でも刀でもない、異形の命の炎が燃えているように見えた。