【一】目蒲と門倉

「そう言えばメカ、例の人とどうなった?」
「いや、まだ……かな」
「まだだと?お前、男ならビシッと決めろよ、男なら。そしてそろそろ相手を教えろよ。気になるだろ」
「あー、うん」
「おいメカ、さっきから携帯ばっか見て何してんだ」
「別に」
「(メールか?メカ、俺以外に友達いたのか……いや、これはきっと間違いなくお母さ)」
「えっ?えっ!?何これ何これうわああああ!あああああ!ああああありがとうみんなあああああ」
「えっはい!?何!?どうしたメカ!?どこに走っ……?」

ガラガラ

「うお、聖なる教室にいきなり何すか佐田ちゃん」
「門倉か。目蒲はどうした。一緒じゃないのか」
「いや、『1000RTされたからちょっと告白してくる』とか訳わかんねー事言いながら職員室方面に走って行きましたけど」



【二】佐田国先生と切間先生

「ほおぉ、あいつかーお前のお気に入りは」

 ダークスーツがテーブルを挟んだ向かいのソファにどっかりと腰を降ろした所為で、目の前に広げた新聞が大きくそよいだ。
 新聞を下げ、代わりに目線を上げると、悪びれもない様子で泰然と脚を組む切間のさも可笑しそうな顔。
 切間が開口に取り上げたのは、この昼休みの時間をほぼ丸々使って進路相談にと佐田国を訪ねていた男子生徒の話だ。
 三年生ともなればほとんどの生徒は担任に進路の指導を請うが、そいつは一年の時から担任ではなくこちらへ話を持って来る。断る理由もないので、今の今まで話に付き合っているという経緯を、切間は実に興味深く思っているらしい。
「……お気に入りも何もあるか。あれが勝手に来てるんだろう、わざわざ時間を割いて」
「わざわざ時間を割いて。ぐはっ」
「話はそれだけか」
 新聞に目を落とすと、やや大仰に切間が立ちあがる。窓の外を眺めているようだが、それがどうした事だとこちらは無視を決め込んだ。
「お、あれは目蒲じゃないか?」
 如何にもわざとらしい声があがる。どうやら職員室から見える渡り廊下を俯瞰しているらしい。
 無視していると、切間は何かを見つけたのか背を伸ばしながら更に続ける。
「ん、何だ?あの頭は…ああ、門倉か。門倉も一緒じゃないか。待ち合わせか?」

 門倉……。

「へえ、なるほど。あいつらやっぱり仲がいいん…おおっ、何だ佐田国?」
 気がつくと、切間を押しのけて窓の外を睨みつけていた。握りしめた新聞は今や筒状の武器と化している。
 渡り廊下の人影が紛れもなくその二人である事を確認すると、眉間が憮然の態に曇った。
 ……頭へ降りてきた確信が一つ、同時に舌打ちも一つ。

 新聞をしかと握りしめたまま、切間の横を通り抜ける。
「おいおい佐田国、どこ行くんだ」
「五時間目は化学室で授業があるはずだ。あれは方向が違う。サボリだな。指導してくる」
「なーんだ、やっぱり気になるんじゃないか」



【三】目蒲と佐田国

 こちら目蒲、佐田国先生の部屋に潜入した。
 不法なんとかでは決してない。これは正当なお呼ばれというやつだ。

 冬休みはまだ始まったばかりだが、長い休みは生徒の自主性を問われる。そこが差のつけどころだ。夏休みは盆前、冬休みは元日前に課題を終わらせるのが俺の常識である。
 俺はいわゆる、やらなくても出来る子だ。いい成績を取るのに特別な努力をした事はない。ただこの難しくもない提出課題を事務的にこなしていくのは退屈だ。家だとついついだらけてしまい効率が悪いし、ファミレスはガキンチョとカップルがイラつく。
 そういう訳で俺はついに先生と交渉し、家にお邪魔して課題を仕上げるためのアポを獲得した。
 いつの間にか俺のアドレスを把握していた前髪ニョロニョロ先生が、終業式の日に俺に近づいてきて、何か凄くいい笑顔で佐田国先生のアドレスを横流ししてくれたおかげだ。(見かけによらず親切なんだな、ありがとう!)

 先生の部屋は駅近のマンションで、中は殺風景といえば殺風景だが、部屋の一角に積まれた新聞やら雑誌やらは、積んだというかまとめて隅っこに避けただけのようだ。課題用紙とノートを広げているテーブルも、色々と物が置かれていた形跡がわかる。俺が来るから急いで整頓したんだな、とちょっと嬉しくなってしまった。
 そうだ、「自分の家に上がらせるのは100%やれるパターン」と門っちも言っていた。
俺はやれる。やれる。大丈夫だ。やれる!
「おい目蒲。何ボーっとしてる。大丈夫か」
「大丈夫です、やれます!」
「……の割に手が動いてないようだが」
 先生が眼鏡を押し上げた。
「目蒲。お前別に成績悪くないだろう。課題くらい自分でやったらどうだ」
 相変わらず極論、元も子もない事を言うものだ。
「一人でやるのは退屈なんですよね」
「そんなに一人が嫌か」
「先生こそ、俺と一緒は嫌ですか」
「誰もそんな事は言ってないだろう」
 先生の表情は変わらない。
 この辺で仕掛けないと。これじゃあまたいつもの堂々巡りだ。
「……先生」
「何だ」
 どうってことはない計算式を解きながら、俺は固唾を喉の底へと押し送り、乾いた唇を舐めた。
「俺、その。先生と一緒にいるのが好きなんですよね」
「……」
「だから、俺、あの……提案っていうか、ちょっと言いたい事があって……」
「わかった。わかったから早く終わらせろ」
「え?」
 わかったって、何が?
「お前、俺の財布が目的なんだろう。そこまで終わったら飯に行くぞ。だからちゃんとやれ」
 頭の中の俺が馬鹿野郎と叫びながら卓袱台をひっくり返す。
 俺の言葉選びが悪いのか。先生の早すぎる解釈が悪いのか。
 これじゃ駄目だ。俺は長きに渡る年月を忍び、この最後の冬、何としても攻勢に出ると決めたのだ。
「えーっと、そうじゃなくてえ」
「何だ、早く言え。はっきりしないのは好かん」
「……じゃあ、はっきり言います。ご飯はここで食べましょう」
「……は?」
「おかずは俺です。先生、俺を食べてください」
「……」

 初めて先生の顔が変わった。
 門っちよ、俺はとうとうやっちまったぜ。



【四】後日談

「メカ、この間、発狂して走り去っただろ。あの後結局どうなった?」
「それを聞いてくれるのか、盟友・門っちよ」
「その自信……さてはいけたな?」
「いけた!」
「ミッションコンプリート・メカ!で、どうだった。初めての感想は」
「えっと……ちょっと痛かったけど、優しくしてくれたよ」
「ほ、ほう?優しく……。相手はその、年上だったりするのか」
「結構ね。門っちも知ってると思うけど。……あ、先生!」
「こら目蒲、こんな所で何してる。昼飯食ったら職員室に来い」
「え?」
「進路指導だ」
「進路指導……もしかして、俺と先生の?はい喜んでー!」
「馬鹿たれ、大きな声で言うな。早く来い。門倉、お前は来なくていいぞ」
「そういう訳だから。じゃあな門っち。お前もいい人早く見つけなよ」

「……不謹慎じゃのぉ……」