日に日に冬が深まる季節だ。虫はいそいそと土に篭り、朝夕は白雪が綿埃のよう散らつく程になった。
 そろそろ手をつけようと考えていた土蔵の掃除を、自ら手伝いに来たのは一期一振だ。
 近侍には宗三左文字を置いていたが、あの細腕に重労働をさせるのは何となく躊躇われるし、何よりこんな密室で二人きりになる事を彼は望まないだろう。
 朝の諸事を終え、待ち合わせた庭へ向かうと一期が既に軽装で待機していた。
「よお。悪いな、こんな事までさせて」
「何の、こちらの言い分ですよ。蔵の掃除こそ、主殿がなさるような事ではないでしょう」
 蔵に入り、腕を捲った一期が、さてどこから手をつけましょうかと見上げてくる。
 庭の隅に設えた土蔵には、米や酒の備蓄、火起こし用の薪や替えの畳など、ありとあらゆるものが詰め込んである。
 取り敢えずは消費が増えそうな薪や食料を手前に出し、軽く掃除をした後に夏用の道具を奥に仕舞おうかと決めた。
 一期は早速、奥にしまっていた米一俵を腕一本で軽々と持ち上げて手前に次々と運び出した。
「お前、すげえな」
「ふふ、これしきで驚かれては心外というものですな」
 自分でも出来ない事はないが、体つきにそぐわない腕力は流石だ。
「宗三の奴も、呼べばよかったな。二人もいれば午前中には片付くんじゃないのか」
「……」
 それには答えず目元を笑みで和らげるだけにとどめた一期が、てきぱきと荷物を運び始める。一時間もしないうちに土蔵の奥が四畳ほど空いた。
「主殿は床を軽く掃いてくだされば結構です」
「へぇ、指図も一丁前になってきたな」
「あっ、申し訳ない……そのようなつもりは」
「冗談だよ」
 一期はふいと顔を背け、手拭いで口元を隠した。
「自分でも単純だとは思いますが……。主殿とこうしていられるのが嬉しくて、心が昂ぶってしまうのです。今ですと、こういった時、何が上がる言いますかな。確か、てん…てん、」
「テンションが上がる?」
「そう!てんしょんが上がるのです」
 こちらを振り返り、何故か得意げに言い直す一期。
 口の中で抑えようとした笑いがプッと漏れる。一期は即座に己の口元を押さえた。
「ああ、笑わないでください!」
「いいや、可愛いなと思ってさ」
「……そんな。参りましたね」
 持っていた箒を壁にかけて、数歩の距離を介した一期の目をじっと見据えた。
「……ちょっとここで息抜きするか。最近ゆっくり喋ってないしさ。いいだろ?」
「……」
 最早、その言葉の裏を読めない仲ではない。
「そうですね……少しだけ、なら」

 荷物がはけた蔵の奥で、接吻もそこそこに一期を壁に向かせ、壁の縁に手をかけさせた。
 衣服の下を指に引っ掛けて降ろしてやる。と、「汗をかいていますので」などと今更な事を言ってくる。
 それに構わず、しゃがみこんで真白い尻に顔を埋め、奥に潜む小さな蕾をペロリとひと舐めした。
「あ!っ、何を……」
「本当だ、結構汗かいてるな。やらしい匂いになってる」
「っふ、あ、喋らない、で、くださ……ぃっ」
「お、また命令か?」
「違い、ます、息が……当たって、ぅ」
 既にヒクヒクと疼いているそこに吸い付き、舌を差し込んで中をくすぐった。つるりと丸い臀部を両手で鷲掴んで押し広げ、円を描くように揉むと面白いくらいに体が突っ張った。
「んぁ、あっ主、どの…!」
 既に秘部は熱く熟れており、この舌をより奥へ引き込もうとする。
 か細い嬌声をあげながら腰を微かに揺らすその媚態に、欲望はむくむくと勃ち上がるばかりだ。
 名残惜しく舌を引き抜くと、赤く充血した孔が泡立った唾液に濡れ、薄暗さの中でてらてらと卑猥な輝きを見せている。
 腹につきそうなほど勃起したこの先端をそこへ押し当て、軽く頭を埋める。
「んぅっ、くっ……ぁ」
 背を仰け反らせ、一期が噛みしめるような声を漏らした。
「ほら、もっと腰突きだせ。脚もちゃんと開かねえと奥まで入らねぇぞ」
 言われるままに、一期は体をずらし、犬のように腰の位置を高く持ち上げた。恥ずかしそうに広げた脚も、薄闇の中でもわかる程血色がよくなり薄紅色に火照っている。
 腰を掴んで、入り口に留まっていた亀頭を奥へ押し込む。ぐ、ぐっと二度に分けて最奥まで挿入し、間も無く抜き差しを始めた。
「ーーっ!はっ、あぁ、ッ……」
 待ち望んでいた褒美を与えられたように、一期が吐息混じりで喘いだ。
 しんと静まり返った蔵に、熱っぽい息遣いと、肌がぶつかるぐつぐつという淫らな音が響いた。
「あー、締まるね……。後ろからされるのも好きなんだな」
「んっ、好きです、好き……っぁあう」
 奥を突く度に腰を軽く回し、中をかき乱す。
 そう言えば一期を抱くのは久しぶりかもしれない。最後は二週間か、それより少し前か。
「ぁあ、っ主殿、もっ……、もっと、可愛がってください……」
 一期の悦び方はかなり良く、この日までどうやって寂しさを慰めて来たのだろうかと、いじらしさに口元が釣り上がる。

 その時だ、ふと、蔵の外から声がした。
「しょうがない。よし、今日は俺が鬼やってやるよ」
 ……薬研の声だ。
 その声に、ばっと顔を上げたのは一期だった。
 薬研一人ではなく、声はざわざわと重なっており、また複数の幼い足音がこちらへ近づいてくるのがわかった。
「あーあ、いつもはいち兄が鬼やってくれるのになぁ。今日はどこ行ったんだろ」
「えっと……主さまのお手伝い、だって」
 拗ねた声の乱に、五虎退がたとたどしく答えているようだ。
 容易に外には出歩けないため、短刀達の遊び場には城郭に守られたこの庭がちょうどよいらしい。
 しかし、よりにもよってこのタイミングで来るかと苦笑していると、繋がったままの一期の体が明らかに快楽ではない震え方をしているのに気づいた。
「どうした?一期」
「……っ!」
 後背位の体勢からどうにかこちらへ首を捻り、一期は口を開いてはならぬとばかりに顔をふるふると横に振った。
 まさか、こんな時に彼の大切な弟達がやってくるとは想定外と言った所だろう。
「んじゃ、数えるから適当に隠れろー。いーち、にー、さーん」
 すぐ近くで、薬研がぶっきらぼうに数を数える。皆で隠れんぼをしているようだ。
 先までは霞がかっていた声が、少しはっきりと聞こえる。おそらく薬研は蔵の壁に顔をつけて数を数えているのだろう。
 つまりは、壁を介して薬研と向かい合わせになっている可能性が高いと言う事だ。
「ぁ、主殿……やめましょう、こんな所、弟達に見つかったら」
 さっきまでの興奮を押し殺した囁き声で、一期が請う。
 しかし内心、これ程面白い状況はないと思った。
「あのな、一期。さっきから指図しすぎなんだよ。さすがに俺も冗談で済ます訳にはいかなくなるぞ」
「そ、それは……」
「お前は、みんなの兄貴だろ?このくらいで慌てるなって……これからがいい所なのによ」
 極度の緊張か、とろとろに解れていた接点がこちらを追い出すようにギュウと締まる。それがたまらない刺激となり、震える肉壁の中で陰茎は更に硬く膨らんだ。
 顔色を変えた一期の片方の太ももを掴み、高く持ち上げて突き上げを再開した。
「……っ、く、ぅんん!」
 喉を引きしぼり、悲痛な呻きを漏らす一期。まるで違う声の出し方に、相当な動揺を感じられた。まあ、それはそうだろう。
「……なーな、はーち、きゅう」
 壁越しの薬研の声を、今だけは聴きたくないという風で一期は頭を項垂れ、自らの口を塞いで必死に耐えている。
 腰を打ち付ける度に、鞭打つような音と一期の篭った悲鳴が耳に心地よかった。
「……じゅう!よーし、みんな隠れたな。俺はいち兄みたいに手加減しないからな、草の根分けて捜索してやるぞ」
 薬研がやっと蔵の壁から離れた。
 一期はやはり、意地でも自分の声を外に漏らしたくないようだ。遮蔽物がない屋外と違って、建物、しかも大分上に観音開きの通気窓があるくらいの密閉された空間では、簡単に声は漏れないだろう。
 土蔵は、あの新撰組が長州の人間を監禁し拷問に使ったとかいう話を何時ぞや聞いた事がある。この土蔵よりは厳重なものだったと思うが、とにかくここにいる限り、滅多な事をしなければ中に人がいる事すら気づかれないはずだ。
 一期の頑なまでの堪え性は可笑しくもあり、そして嗜虐の心はますます擽られた。
 さあどう虐めてやろうかと考えていると、後ろで重い扉が開く音がした。

「おーい、まさか、ここに隠れてないだろうなぁ」

 薬研の声が、次こそははっきりと聞こえた。
 こちらの目は大分暗闇に慣れているものの、外から入ってきたばかりの薬研には火でも炊かねば中の様子はわからないだろう。積み上がった荷物が壁となって、自分達がいる場所は完全に死角になっているのも僥倖だった。
「おー薬研か、俺だ俺」
「大将!何やってんだ、その奥にいんのか?」
 今にもこちらへ駆けつけそうな薬研。
 ここで思いっきり現場を見られるのは流石に避けたい。一期を抱いたまま、至極普通の声を張った。
「ああ、今ちょうど手が離せないんだ。掃除とか……色々すっきりさせたくてな」
 言いながらも、最中にある下半身は刺激を欲しがっている。
 追い詰められた兎のようにじっと身を固くしている一期の腹を抱え、深く繋がったまま腰で円を描き、奥を広げるようにかき乱した。
「……っ!、ふ」
 声は辛うじて耐え忍んだ一期だったが、体はぶるぶると震え、こちらの袖をぎゅっと握り返してくる。
「お前ら、隠れんぼだろ。ここには誰も来てないから、他の場所探せ」
「……そうか。よし、ありがとな、大将」
 扉が締まった後、軽やかな足音が遠ざかる。

「……よく我慢したな、いい子だ」
 力が抜け切った一期は泣きそうな顔になっていたが、顔を引き寄せて慰めるような口づけをしてやると、諦めたようにそっと舌を絡めて来た。
 じゅくりと濡れた場所から陰茎を半分以上抜き、それからぐっと奥を抉った。
「んんっ、ふ、ぁっ、」
 やはり先程の緊張で、体は極度に敏感になっているようだった。
 その後は、堰を切ったように一期の体を貪った。
 一期もようやく観念し、体の奥に堪えていた衝動を甘受したようだ。
 愛撫は焦らすように優しく、時に角度を変えて獣のように攻め立てた。
「あ、ぁんっ、主殿、主っ、どのぉ」
 しっとり汗ばんだ肌が滑らないように、一期のうなじに顔が触れるほど密着した。
 赤くなった耳を甘噛みし、軟骨を舐め、首筋をしゃぶりながら規則的な律動で揺さぶった。
「ひ、ぃ、いっ!うぅ……」
「一期……今日も中に欲しいか?」
 ぐったりと垂れた頭を、それでも必死に縦に振る。
「……んっ、欲しい、です」
「よし、じゃあそろそろ、出してやるからな、っ」
 腰骨を両腕で挟み、骨がぎしぎしと軋む激しさで突き続ける。
「あぁ……ぃっ、んん……あるじ、どの」
 一期はいつの間にか限界を超えてしまったようで、与えられる愛撫にひたすら恍惚している。
 そしてついに、一期の体の最も奥で欲望に埒をあけた。背筋に心地よい痺れが走る。三度、四度と脈打つ度に精液が迸り、どくどくと一期の中を満たしていった。
「ん……ぁ、熱ぃ……」
「あー……最高」
 一頻り射精を終え、肉棒がどぷりと音を立てて引き離れた。
「主殿……こんなに戴いて、良いのですか……」
「ああ、かなり出たな。これだけ腹いっぱいにさせたら、男でも孕んじまうかもな」
 腹を撫でてからかうと、一期は虚ろな眼を少し嬉しそうに細めた。
「あの、主殿」
「ん?」
「口づけを、して下さいますか」
「また命令か、いい加減にしろっての」
「いいえ……ただの可愛いお願いです」



 少々疲れた体で、纏めた厚板に腰掛け一期の話を聞いた。
「……私の前の主は、女好きで有名でして。奥方達では飽き足らず、生涯で三百もの女人と関係を持ったそうです」
「おい、俺はそこまで狂ってねぇぞ」
 地べたに座り込み膝を抱え、膝頭に頰を乗せながら一期は話を続けた。顔つきには情事の疲れが濃く残っていたが、口ぶりはしっかりしており、平生の一期一振に戻っていた。
「はは……わかっています。愛人達は、皆あの方の名誉に抱かれていたのだと思っていました。……ですが今は、本当に主を愛してしまい、主の愛情を独り占めにしたいと願う女性もいたのだろう、と思うようになりました」
「ほう。で、結論はあるのか?つまりは」
「つまり……今の私には、その方の心がとてもよくわかる気がするのです」
「それは結論になるのかよ」
「主殿は、すぐに結論をお急ぎになりますな」
「そういう人間だから、仕方ないだろうが」
「……お慕い申し上げているのです。貴方の一番になれたらどれほど喜ばしいかを、考えてしまいます。得物を握り、異形のものを殺める時でさえね」
「……」
「今の世では、重い奴、と言うのでしょうか?どうです、合っていますか」
 笑わせようとしているのか、声色は至って柔らかく、爽やかでさえあった。
「……そうだな。お前は確かに重いし、しかも女々しいし、ちょっとめんどくさい」
 膝に乗せていた顔を上げて、一期が眉を顰める。
「め、面倒臭いとは……なんとお厳しい」
「くく。まぁ、いいんじゃないか?それで。俺の一番になりたかったら、お前が俺を骨抜きにすればいい。とりあえずは今よりもっと、あっちの技を磨く必要があるな」
「……技、ですか。あっちの」
 仄かに顔を赤らめた一期に向かい、雰囲気を変えるために一つ背伸びをし、大きく息を吐いた。
「さて、今日はこのくらいにしとくか。年明けまではまだ日があるし、小分けして片付けていこうな」
「……私がご一緒しても?」
「当たり前だろ、一度任された仕事は、最後まで責任持ってやるべしだ」
 腰掛けから立ち上がり、座ったままの一期の頭に手を伸ばした。乱れた髪を更に手のひらでくしゃくしゃとかき混ぜてやると、初めて抱いた時と同じ、困ったような顔で一期は笑った。
「……ええ。御意にございます、主殿」