一期一振が顕現して審神者へ初めに申し立てたのは、粟田口の短刀達を連れて遠征へ出かけたいという内容だった。
 自室に一期を呼びその経緯を聞いたのだが、どうやら短刀達はようやく会えた兄と共に、思い出の地を巡りたいと勝手に盛り上がっているらしい。
 それを伝えるのが余程心苦しいのか、一期は部屋に来てからというものほとんどこちらに面を上げていない。
「なるほどな、話はわかったよ」
「不躾とは重々承知ですが、どうか今回ばかりはお許しをいただけないでしょうか」
「ああ。チビ共から色々聞いてはいたが、お前は本当あいつらに好かれてるみたいだな。いいさ、行ってきな」
 一期の頭が深々と下がる。
「申し訳ない。本来であれば、しばらく主殿の元で色々と学ばせていただきたい所なのですが」
「いいって、気にすんな。ただ、気をつけろよ。遠征って言っても、城の中みたいに安全な所じゃないんだからな」
やっと顔を上げた一期が、ほっとした風に目元を寛げた。
「主殿。お気遣い痛み入ります」
 この一期一振とは、初めて合間見えた日以来の会話だった。
 礼儀正しく当たりの柔い印象だが、それなりに我は強くなかなか本心を見せたがらない所がある。少ないやり取りだったが気質はおおよそ掴めた。
 この交渉がいい機会だ。彼とは少し時間をかけて楽しむのが良いかもしれない。
「一期。これでも俺は心配性なんだ。御守り、やるよ」
「……御守り、とは?」
 堅苦しく握り拳を置いた正座のまま怪訝な風の一期を、手を煽ってこちらへ招く。おずおずと膝をずらすが、まだ遠い。
「もっと近くに来い」
 胡座をかいたこちらの膝と、一期の衣服の裾がようやく触れる距離になった。
 背中に腕を回して、五三桐の刺繍見事な外套ごと包むように胸元に引き寄せる。流石に目を見開いた一期が「主殿」と諌めるような声をあげた。
 近くで見れば一層、髪は透明にも感じられる涼やかな青。星のような金色の目は主の顔を間近に映して微かな動揺にゆれていた。
 他の刀もそうだが、彼らは清浄であり、人間の浅ましい情欲を向けられる事などがない、極めて無垢な存在なのだ。
 続けて何か言いたげな唇を親指の腹でなぞり、舌でぺろりと触れた。
「む、」
 意図を汲みかね、きょとんと眉を上げる顔がまた愛らしい。
「こういう時は目を閉じるもんだぞ」
 頰を両手で挟み、その薄めの唇に食らいついた。温かく濡れた舌を捕らえて口内で引っ張り、緩めたり締めたりと起伏をつけて味わってみる。
 ちらりと片目を開けると、一期は律儀に主の言いつけ通りに固く眼を瞑っている。唾液を送り、舌下に塗りこむようにすると間もなく一期の頰がじんわりと熱くなり、漏らす息が艶を帯びてきた。
「……っ、ふ、」
 髪を撫で、背中、腰、太腿へ滑らせた。肌触りのよい仕立ての上から腿を掴み、尻まで強く撫で上げる。
「んんっ、う」
 たまらなくなったのか、こちらの腕を掴んでわずかな抵抗をしてくるが、あくまでわずかだ。次第に力も緩くなり、為すがままにただ舌を許す様は、今すぐにでも服を脱がせて犯したい程にいじらしい。
 が、今夜はまだだ。
 ひとしきり甘い舌を吸い尽くし、体を弄り、ゆっくりと顔を離した。粘度の高い唾液が糸を引き、一期の唇から蜜のようにしたたる。目元は紅を引いたように朱に染まり、濡れて微かに開いた唇から、白い歯がちらりと覗く。今の口づけで口内がすっかり痺れてしまったようで、歯の奥が小さく震えていた。
 こちらの胸にしなだれかかっていた細身を、そっと引き離す。
「……これくらいでいいだろ。どうだ、さっきより少し感覚が違うだろ?形はないが、これが御守りだ」
 陶酔しきっていた一期の両眼が、弾かれたように焦点を取り戻し、慌てて姿勢を正した。口元を押さえ、濡れた顎を拭いながら不自然に数度まばたきをしている。
「……え、ええ。どこか、妙な感じも致しますが……」
「そうか、すぐに慣れるさ。さ、明日は早いだろ?部屋は用意してるから、もう休め。遠征から帰って来たら、改めて色々話そうじゃないか」
「……畏まりました。その、……あ、いえ。失礼します」
 乱れた髪を正す余裕もない様子で、一期は歯切れの悪い言葉で席を立ち、恭しく頭を下げて部屋を後にした。
うつむきがちの顔はまだ火照りを残していたが、何か重い命題を与えられたように思案しているようだった。



 数日して、短刀達を引き連れ一期が帰還した。
 ばたばたと沢山の足音が仕事部屋に入ってくる。次々に旅先での話を聞かされたり、自分を怖がって日頃は近づきもしない五虎退が、土産の玉鋼を手渡しに来たりもした。
 兄貴がいるだけでこれ程に違うのかとつくづく感心していると、戦支度を解いた一期が軽く会釈を寄越してきた。
「主殿。夕餉の後に、お部屋に伺っても良いでしょうか」
「ん?どうした」
「……御守りのお返しを致しに参ります」
 目を細めて微笑するだけの仕草だったが、その意図するところは十分に伝わった。
「……ああ、そいつは楽しみだな」



 障子から透けた月光が、濃い宵闇をうっすら明るくぼかしている。照明がなくとも、耽けるには十分な夜だった。
 脚の間には、先刻から一期の頭が埋まっている。体験した事もないであろう口淫を、時折咳き込みながら懸命に施す姿は何処か微笑ましい。
「次は先を舐めろ。竿は手で擦れ。できるだろ」
「ぁ……はい」
 言われるままに亀頭をかぷりと口に含み、口の中で舌を立ててくびれをごしごしと舐める。陰茎を上下に扱く手つきは初めてにしては上出来。一を言えば十を察する、何をさせても良くこなす奴だ。
「お、いいぞ……」
 十分に勃起するまで、絹糸めいた青い髪を撫で続けた。頭を優しく触られるのが好きらしい。人間と同じく、甘え慣れていない長兄はこうすると喜ぶようにできているようだ。
「お前は本当に優秀だな、一期。ほら、俺の上に乗って良いぞ」
「ん、げほっ、……はい」
 胡座の上に、一期の体がゆっくりと乗る。向かい合った体勢のまま、一期が後ろ手で勃ち上がった芯を握り己の中へ引き込もうとする。先端があたり多少中に吸い付きはするが、その後がなかなか入らない。
「ぁ……うまく、いきません」
「仕方ねえな……」
 一期の尻を掴み、少々荒っぽいと思ったが下から腰を浮かせてずぷりと半分ほど挿入した。
「あっ……っくうぅ」
 喉から引きしぼるような声で一期が悶える。
 一切解していない内部は緊張のせいもあり非常にきつく、無理に突っ込むと怪我をさせそうだ。
 一期はこちらの肩口に顔を押し付け、か細い声で訴える。
「主、どのっ……もぅ、堪忍を」
 しがみついてくる体は小動物のように小刻みに震え、全身は既に汗だくだった。
「よしよし、悪かった。ゆっくりやるから、安心しろ。な?」
 頭を撫でて宥めると、少し安堵したようにため息が返ってきた。
腰をしっかり抱え、次は気が遠くなるくらいゆっくりと埋めてゆく事にした。菊門は首でも締める勢いで肉芯にギリギリと食いついてくる。
「……っ」
 このまま本能のままに攻め抜いて、とことん泣かせたいと心底思ったが、そこを仕方なく耐えてじわじと最奥を目指した。
「あ、ぁはっ……!」
 密着した体勢で、一期は吐息とも喘鳴ともつかないものを漏らす。
 座位の重みで少しずつ一期の方からも腰の位置を下げるようになり、じっくりと時間をかけて、ようやく根元まで繋がった。
「っ、よし……痛いか?」
「主殿、っ」
「ん?」
「駄目、です、私……」
 こんなに優しくしてやったのに何がダメなんだと思いながら、腰を軽く捻り、体内に自分の形を馴染ませようとした。
 しかし一期の喉が悲鳴に近い声を上げ、全身がびくびくと震えるので一瞬何事かと驚いた。
「あっ、主、どの……ッ駄目、ああ、ああぁっ!!」
 ぎゅっと強く締まった熱い肉壁が、しばらく不規則な収縮を繰り返した。
 奥まで挿入しただけ。たったそれだけの刺激で限界を迎えてしまったらしく、しかも射精した様子はない。どうやら体の内側を愛撫された挙句の絶頂のようだった。
「おい、嘘だろ……」
「ぁ……も、申し訳、ありません……この、猛々しいものが、あまりに……その」
 何やら言いにくそうに口篭るので、汗に濡れた額を掌で拭ってやった。
「はは、そんな事言われて、悪い気する男はいないさ。じゃ……次は自分で動けるか?」
「っ……はい」
 覚束なく肩に捕まり、果てたばかりの体で健気に姿勢を取り直した。
 亀頭が抜けるか抜けないか、瀬戸際まで浮かせてからゆっくりと腰を沈めてまた根元で深く繋がる。それを数度繰り返すうちに、段々と動きが速くなり、半分ほどで折り返す抜き差しに変わった。
「よし……いいな、上手いぞ、一期」
「主殿っ、また、大きくなっ、ん、あ、あっあっ」
 段々と溢れてくる先走りの淫らな蜜が結合部をねばつかせる。上下に身を揺らし、時折腰をくねらせて自ら快楽を求める姿はなかなか劣情を煽る光景だった。
 こちらからも律動に合わせて軽く突き上げてやると、やがてすっかり自分の形にほぐれたそこが、またギュウと強く引き締まった。
「いぃ、っうぁあ!!」
「おい、何回イくつもりだよ」
 段々と可笑しくなってきた。
「は、ぁう……も、何と言ったら良いのか、お恥ずかしい……」
「本当だな。俺が終わるまで、お前が何回イッたか数えてやるよ」
「っ……お優しいのか、意地悪なのか……わからない御方ですな、主殿は」

 一期の困った顔が少し笑っているように見えたのは、おそらく気のせいではない。はずだ。