窓を打ち付ける雨はさざなみ。耐えては泣き喚く子供の涙。
 雨粒の向こうには、車のヘッドライトが星状に伸びた光を放ちながらゆっくり、ゆっくりと動いてゆく。
 ぬるぬると輝く地面を這う鰐の様。光はその両目の貪欲なぎらつきに似ていた。
「どうしたの」
 窓と僕の間に挟まれた貘さんは、首を傾げる、と言うか、斜に向けて僕の顔を伺う。
 さっきまで楽しくポーカーで遊んでいた(正せば遊ばれていた)のに、僕はこの人を窓際に追い詰めて、すっかりその場の雰囲気を変えてしまった。
 ……貘さんの顔にまた殴られた跡があった。
 追求した所「嫌なオッサンにビンタくらった」と簡潔な回答を受け取ったが、僕は何だか気が治まらず、貘さんに触りたくなってしまったのだ。
 何も言わず背中に腕を回して、その耳元に顔を押し付けた。
 髪が擦れ合う音に胸が甘く締め付けられる。
「ちょっと…」
 綺麗な耳だ。細い血管が透けて見える皮膚と、軟らかい骨が肌に押し付けられるのが心地いい。
 全ては命あればこその温かさ。
 ……不意に、泣きたくなってしまったのは何故だろう。
 どんな声も言葉にならない気がして、きつく抱きしめると、僕の耳元で吐息が一つ。
 僕の髪を、宥める様、憐れむ様、撫でる手も無言だった。
 こういう時貘さんは、僕を受け入れる事で僕を甘やかしているのだと、安堵もするし、落胆もする。
 ろくでもない独り善がりだと思った。
 この人が思い通りにならない事なんて判っている。
 何が起こっても、僕は口無しの態でいるしかできないという事も。
 覚悟とは聞こえのいい言葉で、僕はただ、虚勢を塗り固めた檻の中で何も起こらない様に身を固くしているだけだ。
 平凡な未来は、平凡に生きた人にしかやって来ない。
 隠しても隠しても虚しく透けてしまう僕の憂いを、この人は知っているはずなのに。

 ……この人が歩けば、その足元はビロードの絨毯になる。
 止められない、止めてはいけない。その歩みを。
 不透明な迷路、貴方にしか見えないその道筋の一体何処に僕はいるのか。
 僕の恐れはいつでも貴方の中にいる僕だった。

 窓の向こうに広がる陰鬱な景色と、少し冷え気味の室温、それから恋する人に深く近づきたい気持ちが絵の具の様に溶け合い、その不純な色合いがむずむずと僕の胸に広がっていく。

 これは、この触れ合いが空を掴む様に哀しいのは、きっと雨のせいでは、ないんだ。