地面に深く刺さり込んだ大剣を、遠慮なく引き抜いて軽々と後ろへ放り投げた。重鉄が弾みをつけて床にぶつかる音が鈍く響いて少々耳障りだったが、きっともうこれっきり、この音を聞く事はないだろう。
 帽子とネクタイの僅かなずれを直して大義に息を吐いた後、さて、とハザマは足下のものを見下ろした。
「……」
 平べったくなった赤い塊は自分でなければまず人間だとは判断し難い。遠慮なく踵で踏みつけ、それからひっくり返す様に蹴り転がした。
 ごろりと半面が見え、血の様に赤いコートを着た男と目線がかち合い、思わず嬉しくなった。
 よかった、まだ生きている。
 蒼白な肌に土埃の汚れがよく似合う。失力の態でもなおこちらを睨み上げる両の目それぞれが異種の宝石の様で、自分の物にできるならどちらを先に抉り出そうか迷ってしまいそうだ。
 胸倉を無造作に掴んで持ち上げ、目の高さまで来た所で大仰に笑顔を振りまいた。
「残念でしたねぇ、ラグナ君。 いやー、ほんっと惜しい、残念残念。 もうちょっとで私を殺せる所だったのに」
 自分の喉笛を親指で掻っ斬る仕草を見せても、捉えられた反逆者は言葉を返さない。
 最初の気勢は何処へ消えてしまったのか、食い縛った歯の間からは辛うじて息が漏れるだけで、野獣の様なこの男から牙を抜き奪った心地は良くて面白かったが、反面少し物足りない。
「…残念ですが、貴方はここでおしまいです。って事で、ここからは罰ゲームな」
 赤いコートの襟を掴んだままその重い体を引き擦り、中央に聳え立つモノリスの壁面へ向かって、まっ白い頭を打ち付けてやった。 だだっ広い空間に思いの外ガツンと良い音が響き渡る。
「…っ、ぐ」
「そろそろ目ぇ覚ましててめぇで立てや」
 よろめく体を冷たい石壁に押し付ける。呻きながら、緩慢な動きでそこへすがりつく姿が無様だった。こみあげる可笑しさを喉で留めつつ、背後から腕を回しコートの上から体を抱きすくめた。
「!!」
 ラグナの体が明らかに動揺するのを構わずうなじに唇を触れて、舌で耳の後ろまでを舐め上げた。
「てめ…何、してやがる…!」
 上擦った声で肩を揺すり振り払おうとしてくるのが癇に障る。頭を掴んで、もう一度同じ強さでモノリスにぶつけて、今度はそのまま壁面に擦り付けてやった。
 出血でもしたのか、髪が擦れる度にジャリっと耳につく粘質な音。壁にめり込ませる程頭を押しつけながら、耳に口をつけて低く囁いた。
「弱い癖に抵抗してんじゃねぇよ子犬ちゃん。勝ったのは俺だぜ?」
「…の、クソ野郎が…っ」
 唾を吐き捨てる様に忌々しくそんな事を言われては、期待に応えるしかない。
 怒気で興奮している所為か耳が果実のように赤く熟れている。鴉が啄む様に、軟らかい骨を舌と歯で挟みながら、上着を寛げてその隙間から手を押し入れた。
 張りのある胸を乱暴に掴み、音が出る程耳やうなじに執拗に口付ける。
「離、せ…!」
 聞く耳は持たず胸を強く揉んだ。
 虎の様に練り上げられた筋肉の上には薄く脂肪が乗り、弾力は強いが柔らかさもたっぷりとあり、隙間なくこの手のひらに吸い着く。瑞々しい肉感が女を解す様で愉快だった。
「そんなに緊張すんなって。あの時みたいに、黙って俺の言う事聞いてりゃいいんだからよ」
 傷を抉られた様な顔をして、何も答えられずに奥歯をぎしりと噛み締める音が、肌越しにも通じて知らず口元がつり上がった。
 温度を仄かに上げた体をしつこく弄りながら、面倒な装飾を解いて袴を剥ぎ取る。
 晒されたのはよく練磨された、美しい裸だ。人の形をした、明らかに獣に近い肉体。
 そして首輪がなくても支配できる、獣より愚かな人間の肉体でもある。
 着衣を少しだけ解いて、この愚かな体を服従させる為にその尻の奥に己の性器をあてる。
 なんて美味そうな、赤く熟した生肉。涎が落ちそうだ。
「…やめろ…っ」
 譫言のように繰り返される言葉を無視して、先端をゆっくり押し込んだ。
「いぃ…っああ、あ」
 顔のすぐ近くで、裏返り気味の引き釣った可笑しな声が上がる。
 女とは違い簡単には飲みこんでくれないが、拒もうとする肉を強引にかき分けて中を暴く。
 熱い。自分を憎たらしく睨む眼孔通り、その体ももう一つの目の様に熱く滾っている。
 思った以上の圧が自分を締め上げ、一度咥えたら離さないとでも言う様だ。体の奥までも獣じみた男にある種の恐ろしさを覚えた。
 …たまらない。

 根元まで挿入した後は、一歩も逃げられない様に腰をしっかり捕らえて数度、強く突き上げる。
「ぐっ、う、あ゛ぁ」
 嘔吐でもしそうな喘鳴でラグナは壁に頭を擦り付ける。
 そのまま上下に揺さぶりながら、慰み程度に真っ白な髪をかき撫でた。
「久しぶりだな…寂しかったか?なぁ」
「っ黙れ、」
「あの時はまだてめぇもガキだったし、よくわかんなかったよな?あ、その前に腕ぶった斬られっちゃったんだっけ。痛かったよな?腕とココ、どっちが痛かった?くくっ、答えろよおい」
「…知るか…さっさと、離せ、っんうう」
「そういうのは白けるぜラグナ君。こうしてまた会えたんだしよ…もうガキじゃねぇんだ、ソコは大人同士理解して、割り切って、楽しもうや」
 太腿を片方掴んで、大きく開かせるように持ち上げてからそのまま角度を変えて烈しく抜き差しした。
 汗でじっとり湿った皮膚が一層吸着を強め、離れがたいように自分の雄に食いつく。
 肌がぶつかる音が規則的に響き、歯を咬み鳴らしていたラグナの口から徐々に、押さえようのない湿った吐息が漏れ始める。
「…気持ち良くなってきたか?」
「うる、せぇんだよ…ゴミ、い、ぁ、ぁあ゛っぐ」
 ラグナの語尾が潰れる。生意気な台詞を吐く喉を思い切り掴み上げたからだろう。
「ゴミはてめぇだろうが。何度も言わせんなよ」
 罵りながら体に与える愛撫はやめない。首を掴んだまま根元までしっかり咥えさせて、そこから更に奥へとねじ込む。
「っくぅ…!!」
 自分より大きく頑強な体が、窒息する鼠か何かのように滑稽に震えた。この肉をくわえた部分が異常な緊張できつく収縮する。みちみちと窮屈な悲鳴を漏らしながら、それでも肉は喜悦気味に引き締まった。
「ひっ、あっ、うあっ…」
 急激に、考えられないような高い声を漏らして喘ぐのが不思議で、思わず横顔を覗いた。
「あ?何だ…首、締められながらがイイのか?」
 親指の腹をずらして頸動脈に強く食い込ませると、電流をあてられたようにラグナが肩を引き攣らせた。
「がはっ、いっ…ああ」
 声をあげながら、震える手でこちらの髪をしかと掴んで離さない。いつもの仏頂面は異様な赤みが差して情けなく歪んでしまい、まともに目の前の物が見えているかどうかも定かではない。頭は望んでいないかもしれないが、体はすっかり悦びに蕩け、淫らにここに絡みついてくるので思わず目を剥いてしまう。
「うわ…、俺の知らない間にこんな性癖覚えちゃったのかよ…引くわぁ…」
 笑うなという方が無理な話だろう。
 愉快で愉快で、どうにかなってしまいそうだ。

 首を絞めたまま再びピストンを始めた。
 自分の快楽で濡れた接点がぐちゃぐちゃと音を上げ、泡立ちがこぼれてくる。
 突き上げる度、卑しい雫と共にラグナの口から命を削られるような痛々しい嗚咽が落ちる。
「折角だ、このまま死ぬか?子犬ちゃん」
「ぐっあ…テルミ…ぃっ」
 耳元で笑いながら攻める動きを速めた。ラグナの体はもう限界が近付いているようで、密着した肌が自分を求めながら、いじらしく震えている。
 白い髪が張り付いた首筋が美味しそうで、指の力は緩めずに後ろから、うなじの肉に噛みつく。
「ぐ、あぁっ、ああ」
 抱いた肩がびくびくと震える。泣いているようだった。
 構わずに肌にあてた歯を軋ませると、何処か甘美な辛味が舌に溶ける。
 肌を強く吸い上げながら、顎をごりごり鳴らして筋に歯を立て、貪るように接吻を繰り返した。
「…いッ、やめろ、や、ぁあ、あ、うあ゛ぁッ!!」
 それがとどめだったようだ。最早何事も憚らない声を上げ、中が何度か続けざまに大きく痙攣した。
「あー…すげぇ」
 湿った熱い肌に口をつけたまま、思わず漏れた溜め息を耳に吐いた。
 突っ張っていたラグナの体が急速に脱力する。
 長いこと締めていた首から手を離し、腰を抱き寄せて律動を自分本位のものに変えると、やわく首を振り掠れた声で拒んだ。
「も、離せ…って………」
「あぁ?てめぇが早すぎんだろうが。勝手こいてんじゃねぇぞ」
「……」
「安心しな。まだだ、まだてめぇは離さねぇよ、いや、絶対離さねぇ…」
「……」
「あれ?なんか甘くね、今の台詞…?くくっ」
なぁ子犬ちゃん、と聞くが返事は聞こえない。
「……」
 自分に全ての体重を寄せたラグナはいつの間にか目を瞑っている。
 毒の様な痣が焼きついた首をだらりとこちらの胸に預けたまま、言葉にも愛撫にも反応する事はなかった。


「………何だよ。クソつまんねぇなぁ、おい」