何か夢を見ていたような気がするが、耳が一つ物音を拾う。
 そこから泥濘を這い上がるように意識が目覚めてくる。
「……」
 真っ白な日差しが視界に放たれた。
 今は、多分午前なのだろう。
 頭は起きても、体はしばらく自分の物とは思えない程、全く疎通が図れない。寝起きは最悪なのだ。
「……」
 ベッドにもぐったまま、顔だけをもぞもぞと動かして物音の方を見ると、部屋の主の背中があった。
 鏡に向かい自慢の髪をセットしている最中だった。
「…悪い、起こしたか」
 こちらに気づいた門倉は、既にいつものダークスーツを着込んでいた。
「今日…出るの?」
「ああ」
 何となく予想していた答えをもらい、肩が落ちる。
 今日は休みだと聞いていたのに。
 こういう仕事だ、夜を一緒に過ごせるだけでも十分有難い事なのだが。
 ……それはさておき、門倉の入念な髪支度には毎回ため息が出る。
 髪型に頓着しない自分からすれば、何故そうまでして青春時代から全く同じ髪型を維持する事にこだわり続けるのか、甚だ疑問だった。
「何か言いたそうな顔だな」
 そんな自分の頭に浮いた疑問符を門倉の横顔は察したようだ。
「…あのさ…」
「うん?」
(…髪型、別に普通でいいんじゃない?)
 ただしいくら口が滑ろうと門倉にそれだけは言ってはならない気がして、寸でで言葉を飲み込み、「やっぱり何でもない」と濁すと、「はっきりせんのお」とぼやいた唇は真新しい煙草を咥えた。

 門倉が出かけてしまい、一人ベッドで、カーテンが閉まったままの窓辺をぼんやり見る。
 ……煙草を無造作に灰皿へ押し付けた手は、自分の寝癖だらけの髪をくしゃりと撫でて、それからドアを開けてその向こう側へ。
 素っ気無いけれど、そこが好きな所だった。
 あの信念のある長い髪も、一度短くなってしまえば、この腕や肌に戒めの様に絡みつく事もなくなるのだと思うと、そのままでいいのかも…知れない。

 寝返りをうつと、再び眠気に誘われてそのまま目を閉じた。
 今は何かの夢を見たいと思った。