『ご相談があります。お忙しいとは思いますが、これからお会いできませんか』



 年の瀬が迫り、色めき立つ冬の神室町。黒澤一派は計画の準備を着々と進めていた。実行の日まで時間はあまり残されていなかったが、それまで進捗しか聞いてこなかった黒澤に、こちらから誘いのメールを寄越した。

 黒澤の計画のために、極寒の網走で約一年、偽りの囚人を演じた。そして東城会の大幹部である冴島に接触し、再び娑婆の世界へ連れ出す事に成功した。事は全て、上手く運んでいた。
 黒澤に出会った日から、いや、生まれてからずっと長い間、心は根から乾いていた。黒澤の手足となり働き続けてきた事は、嫌ではなかった。何も考えず、ただ命じられた通りに仕事をすればそれでよかったからだ。
 人形のように働き、褒美として与えられる十分な報酬があれば、それ以上何も望むものはなく。気まぐれに抱かれる事も、人の温もりを久しく忘れていたこの体には喜びだった。

 黒澤が足元に落とした影は濃い。気づけばもう離れられなくなり、自分自身が黒澤の影に成り果てていた。
 しかしこの数日で、自分の中には変化が生まれていた。
 ……冴島大河。
 真っ暗い闇に囲まれ何処にも進む術がなく、ただそれに包まれて生きる自分にとって、冴島は眩しすぎる光だと思った。
 その熱に、凍りついていた心を溶かされる心地がしたのだ。
 馬鹿げている。そう思ったが、嘲れば嘲るほどに胸は痛み、冴島への憧れは否定しがたいものになっていた。



 待ち合わせたのは、中道通りの裏にある雑居ビルだ。真昼の通りは平和に緩みきった顔の人間がだらだらと歩いている。それを交わしながら歩きビルの前へ来ると、脇にスモークを貼った車が止まっているのが見えた。黒澤が足を使う時のクラウンだ。
 歩み寄ると、後部座席の窓ガラスが空き、コート姿の男が顔を出す。
 黒澤だ。
 自分の心を見通しているのだろう、座席からこちらを見上げる顔が、懐かしい玩具の一つを見るように寛げられた。
 こみあげるものを喉の下に押しとどめて、静かに頭を下げた。
「……お疲れ様です、黒澤さん」
「挨拶はいい。乗れ」
周囲に気取られないよう、俯きながら車に乗り込んだ。



 猥雑に賑わう神室町を、黒いクラウンが縫うように走る。暗い車内からは外の景色をはっきりとは伺えない。
 窮屈な気分になり、見える範囲で前の座席を伺うが、運転手と助手席はどちらも黒服だ。自分の知っている顔ではなかった。
「……顔合わせんのは久しぶりだな。一年…くらいか?」
 隣の黒澤が静かに口を開く。
「……ええ」
「それにしても、相変わらず神室町はゴミくせえな。真冬でも空気が淀んでやがる」
 蒼天堀の方がまだマシだ、と息をついた口が、間もなく真新しい煙草を咥える。
 相変わらず……馬鹿だ。もう余命幾ばくもないっていうのに、それ以上肺腑に黒い毒を蔓延らせるなんて。
 いや、後がないと知っているからこそ、自制するのは馬鹿のやる事だ。だから黒澤はこんなに美味そうに煙草を吸うのだろう。
 俯いていると、黒澤が少し声の調子を変えた。
「おい…お前、ちょっと痩せたか?」
「えっ、」
 するりと伸びてきた手が太腿をまさぐる。
 年を食っているが無骨で逞しい手。その手がどれほど自分を弄ぶのかよく知っているから、体が熱くなってしまう。
 駄目だ、流されては。
「ムショ暮らしがよっぽどこたえたみてぇだな。俺としては、もうちょっと肉付きのいいのが好みなんだが」
「…く、黒澤さん。俺、メールでも言ったんですけど、貴方に相談したい事が」
 ぴたりと押し当てられた手のひらが、なだめるように太腿を撫でる。
「ああ。着いたらちゃんと聞いてやる。それまではゆっくりしてろ」
「……」
車は緩やかなカーブを曲がり、水面下を泳ぐ鰐のように進んだ。



 下ろされた場所は、神室町の裏道から入り込んだ廃ビルだ。電気が通っておらず当然照明も機能していない部屋は、昼間だが薄暗い。最低限のデスクやソファなどが置かれているが、どれも薄ら埃をかぶっている。
 上を見上げれば窓はあるものの、開け放しのまま錆び付いており、ろくに人通りなどない事を伺わせた。
 これが任侠映画なら、私刑を与えて置き去るにはうってつけの場所だろう。
 車から降りた黒澤が、気怠く壁に寄りかかる。
「俺もあんまり時間がないんだ。手短に言ってもらおうか」
 顔を見られると、思わず目を逸らしたくなる。腹を開かれ奥の奥まで見られるような気分だ。
 しかし、今この時だけは黒澤の視線に負けてはならないと思った。
「……俺、正直、この計画に疑問を感じてます」
「……」
「計画がうまく行けば、東城会と近江連合、両方が潰し合う事になります。けど、あの人…冴島大河は只者じゃない。例え追い詰めても、あの人は必ず俺達にたてつきます。もし収集がつかなくなったら、黒澤さんの立場はもちろん、聖人さんも…」
「回りくどいんだよ。手短にって言っただろうが」
 ぴしゃりと言葉を遮られ、歯を食いしばった。
「……この計画から降りたいんです。貴方を危険に晒す事なんてまっぴらだ。それにどの道貴方は、計画が終われば俺を殺すんでしょう?だったら尚更、やりたくないですよ」
「……」
「俺みたいな人間でも、叶えたい夢はあるんです。綺麗事かもしれませんが、夢は生きてないと叶えられない。俺だって、貴方だって、そうでしょう。だから」
「……お前、誰に向かって説教垂れてんだ?なぁ、馬場よ」
「…っ、」
 温度のない乾いた声で、黒澤が胸から煙草を取り出して火をつける。
「クズ同然だったお前を拾って、ここまで育ててやったのは誰だと思ってる。俺がいなきゃ夢どころか、そんな事考える暇もなく一生社会の底辺を這いつくばってただろうによ。…全くこれだから最近の若い奴は、与えられる事ばっかり考えやがって、大前提の義務を果たさねえ。虫酸が走るぜ、本当に」
「…貴方は自分の身がこれ以上危なくなってもいいんですか?病気だって…無理すれば余計に、」
「俺は自分の人生の引き際をよ、畳の上で迎えるなんて平和な事は考えてねぇ。どんな形だろうが、俺は東と西のヤクザ共を同士討ちさせる。そのためなら血ヘド吐いてでも歩き回って、あいつらを焚き付けてやるさ」
「どうして、そんな事……黒澤さん」
 下手に動けず目線を周囲に泳がせていると、横から伸びてきた腕に首をとられる。
「っ!?」
 視界が一瞬で宙を仰ぎ、気づけば身体を押し倒されていた。コンクリートに胸を打ち、軽く咳き込む。
 うつ伏せの体勢をとらされたが、できる限りの力で首を捻って上を向くと、そこにいたのは黒澤ではなく同乗していた運転手と助手席の男だった。
 受け身を取る術は心得ていたが、相手二人も黒澤の傍を守るポジションにふさわしく、相当な手練のようだ。振りほどこうとしても、押さえつけられた腕は全く動かない。
「なに、するんです」
「さっきの相談だが、今から分からせてやるよ。お前は俺から絶対に逃げられねぇって事」
 黒澤の声が少し離れて聞こえた。
「俺を…殺すつもりですか」
「いや、そんな単純な事はしねぇよ」
 必死に目を開けて探せば、黒澤がこちらから少し離れたソファに移動して軽く腰掛けるのが見えた。
「……そいつらな、お前がウチに入って以来のファンらしい。一年待たせたんだ、期待に応えてやってくれよ」
「えっ…、く、黒澤さん、」
 言い終わらないうちに、うつぶせた体を男にまさぐられる。黒澤の、獲物の急所を的確に狙う鷹のような手ではない。力任せに荒く愛撫するけだものの手だ。
 デニムを強引にずり降ろされ、尻を揉まれた。
「いっ、」
 声が跳ねた。
 すぐ後ろで男が自分のペニスを扱き、こちらの尻の肉に押し当て強く摩擦する。まるで挿入を思わせる動きで肌を擦る度に、全身に鳥肌が立つような浮遊感を覚えた。
 黒澤の愛撫の味を覚えてからは、体はすっかり男に蹂躙されるためのものに変わった。触られるだけで、駄目だとはわかっていても体が熱くなってしまう。
「嫌、です……」
 自分でも可笑しくなるほど嘘臭い拒絶を、黒澤はきっと悟ったに違いない。



「あ、あっ!く…うう…んぁっ」
 冷たい床に押さえつけられ、背後から強く腰を打ち付けられる。
 体格に見合う逞しい性器が暴力的に中を暴く。
「あんた、ムショでしっかり男咥えてきたんですか?アンコになってるって聞いたのに、キツすぎでしょ」
 上から声がかかるが、腰に与えられる衝撃に耐えるので精一杯で、返す言葉が出ない。
 強いピストンに体が浮く。腹を食い破られるような感覚だ。
 傍に腰を下ろしたもう一人の男が、こちらに手を伸ばして頭を掴んでくる。
「俺の相手もお願いしますよ」
 そう言って、顔の前に露出したペニスを見せつける。
 バックで突かれながらも身を捩り、男のそれを手で握りしめ、口に咥えた。久し振りの雄の味だ。
「んっ、ふぅ…んん、ぐっ」
 歯を立てないように、奥へスロートした。舌を立てたまま前後に摩擦すると、男が興奮して声を上げる。
「すげえ、」
 黒澤と目が合った。つまらない見世物に飽き飽きするように、懐から煙草を抜き取って火を付ける。
「おい…さっさと終われって。俺もそっちに突っ込みたくてたまらねぇよ」
「いや、この兄さんが離してくれないんですよ。食いついて食いついて…くくっ」
 バックの体勢を少し捻り、横向きにされた。口にペニスを頬張ったまま片脚を大きく持ち上げられ、再び激しいピストンが始まる。
「あ、ぁんっ、い、ッ」
 黒澤に開発された、自分の弱い所に亀頭がゴツゴツと当たる。舌を肉茎の先に絡ませたまま、蕩けた声が出る。
「おお、ここがいいんですか?」
 男は夢中で腰を振った。
 黒澤より一回り以上は若い男だ。動きも若々しく、獣のような愛撫だった。抱え上げた太腿に吸い付きながら、最後は腹の底から捻り出すような嬌声をあげる。
「中に出すんじゃねぇぞ、」
「わかってますって…、あ、っくう」
 声を上げながら腰に凄まじく速い律動を繰り返し、最高潮に達したものが最奥でビクビクと痙攣する。
 それから勢い良く、ズルリと引き抜かれた。
 掴んだ太腿に先走りまみれのものを擦り付け、驚くほど精液が溢れ、飛び跳ねた白濁が胸や顔にかかる。
「すげえなあ、どんだけ溜まってんだ」
 頭を押さえる男が感心して、ようやくこの口から陰茎を離した。
 既にぐったりとなっていたが、自分の口淫で充分勃起した雄を見せつけながら二人目の男が唇を釣り上げる。
 脚をM字に開かせて、その間に勃ち上がった性器をズブズブと捻じ込んできた。
「ああっ、んっ、んん…!」
 喉が仰け反る。
「おおっ…すげぇ、締まる」
 こちらの男は、太さより長さがある。腰を浮かせても簡単には抜けきれず、ギリギリまで引いて根元までねじ込まれた。
「んっ…」
「もっと動けよ、おい」
 黒澤より年下だが、ねっとりした愛撫と肌の心地が少し黒澤に似ていた。カウパーに濡れた中はすぐに淫らな音を出し、ピストンをかける度にぐちゅぐちゅと泣いた。
「はあっ、あ、…っ」
 服を掴み、男の動きに合わせて腰を揺らす。骨がぶつかる振動音が、脳を蕩かせるようだ。
「兄さん、いやらしいなぁ」
 先に事を済ませた男が煙草をふかしながらこちらをにやにやと見ている。黒澤のおかげで他人に行為を見られる事は恥だと思わなくなったが、これほど長い期間おあずけを食らうのは初めてだ。飢えた姿を黒澤に見られる事に関しては、一抹の虚しさを覚えてしまう。
「あ、うあっ、はぁあ」
ジャケット越しにも背中が地面に擦れて熱を伴った痛みが襲う。が、そんな事に気づくはずもなく、男は腰を打ち付けた。
「んぁっ、あっ、ああっ、嫌、」
 男の屈強な腕が腰を抱えて、晒された尻に上から跨り、真上から責められる。
 限界まで開いた脚がガクガクと震えた。
 堕ちてはいけない。心ではそう思っているが、黒澤に開発された体は、こんな一方的な愛撫さえ甘く痺れる行為だと錯覚する。
 黒澤と手を切りたくてたまらないのに、黒澤の名前を叫びたくてたまらなかった。
ただ黒澤に抱かれている心地が麻薬のようにとりつき、身体を突き上げられる度に声を上げた。
「はあっ、アンタ、たまんねぇな…!」
 低い声で吠えた男が、しっかりと回した腕に一層力を入れて抜き挿しを速める。ぶつかる度に男の濃い陰毛が押し付けられ、それがたまらなく快楽を生んだ。
 怒張した雄が腹の奥まで食い込み、最後に強く密着する。
「くぅう…っあ、んぁあっ!!」
 その激しい攻めでこの身体もついに絶頂を迎えてしまい、全身をビクビク震わせて叫んだ。
「おお、っすげえ…中出すぞ…っ!」
 男も直腸の奥に陰茎を突き刺したまま、二、三度大きく痙攣した。
「あぁっ、…ぁ」
 顔の上で男が深い息を吐きながら、射精のために緩やかに腰を起伏させる。
 精液が中にどくどくと注がれるのがわかった。三度くらいに分けて出した後にペニスを引き抜くが、射精はやまず、濃い白濁が腹から顔にかけて勢いよく飛び散った。

「腑抜けた顔しやがって」

 ぼうっとしていると、黒澤が歩み寄ってくる。
 仰向けに倒れたままの自分の上に、立ったまま跨り、顔を傾げながら見下してくる。
「…黒澤、さん」
 尻に靴先をいささか乱暴にあてられる。
「さっさと中を掃除しろよ」
 反射的に、肘を立てて上体を起こした。言葉の意味を悟り、カッと耳まで熱くなる。
脚を持ち上げて、黒澤にアナルが見えるようにして指をねじ込む。腹に少し力を入れながら、どろどろとした精液をかき出した。
 濁った白い液が床にいくつも染みを作る。
「はぁっ、く……」
 自分の指でも美味そうに咥えるそこが、何度目かの精液を吐き出した後、
真上にいる黒澤が咥えていた煙草を地面に叩きつけた。顔のすぐ横に飛んできた吸殻に慄いたが、次に見上げた黒澤の顔は十分に欲情をはらんでいた。
「……遅ぇな、埓が明かねぇ。俺が手伝ってやるよ」
 しゃがみ込み、丸めた頭を掴んでぐりぐりとこね回す。
「しかし、また随分とかわいい頭になったな」
「……っ、ふ」
 その手に触れられるだけで、心臓を握り締められるような苦しさを覚える。
 まだアナルを探っていた手に黒澤の手が重ねられ、更に深く奥に突っ込まれた。
「い、うぁ」
 自分の手なのに、自分の手ではない感覚。黒澤に支配されたように、指が中をグチュグチュとかき乱した。
「おい、まだ残ってるぞ。こんなところに突っ込ませる気か」
「あ、うぁあ…っ、」
 考えもしないほど奥にねじ込まれ、骨ばった指が中を荒く攻める。腰が砕けそうなくらい感じ入ってしまい、力の抜けた声が漏れる。
 そうしてようやく中の粘液を掃除すると、黒澤は目の前でスラックスをくつろげた。
 つい先ほどまで自分を犯していた男達は、壁もたれてこちらを遠巻きに眺めている。その表情まではわからない。しかし、そんな事に構っていられる余裕はなかった。
「く、ろさわさん…」
 窒息しそうな喉から声を引き絞ると、自らのものを軽く扱きながら黒澤が笑う。
 十分にほぐれた菊門に、待ちかねていた肉棒が押し当てられた。先端が入口に擦られる、その焦らしは発狂しそうなほど憎たらしく、もどかしい。
 そして餓えきったそこに、逞しく勃起したペニスがズブズブと押し込まれた。
「うあっ、ああ、あ!!」
 黒澤の腕をコートの上から掴み、ぎりぎりと力が入る。背が仰け反り、漏れる悲鳴を抑えられなかった。
 悦びで脳が震え、もう何も考えられなくなる。
 黒澤のものが最も奥へ突き立てられた時、次には弾けるように射精してしまった。自分の精液が腹に飛び、腹筋を伝って脇腹へ流れ落ちた。
「…おい、もうイキやがったのか…呆れたな」
 若干上擦った声の黒澤だったが、じっくりと腰を沈めて十分に奥でなじませると、間もなくピストンを始める。
 待ち焦がれていた褒美で早くも絶頂に達してしまったが、また与えられる愛撫に、体はすぐに順応する。ピストンによる快楽を堪能すべく、腰は自然に揺れていた。
「はっ、んあっ、あ、…く、黒澤、さ、んっ…うう」
 脚を大きく開かれて、体の中心に楔を打たれるような律動を与えられた。病人の体とは思えない野性的な愛撫に、目眩すら憶えた。
「くく、相変わらずいいケツだな。てっきり緩みきってると思ったがよ…っ」
 しばらく正常位を楽しんだ後、背中に腕が回り、身体を抱え上げられた。
 膝の上に乗って交接する格好になり、自分の体重で、太い雄が根元までがしっかりと突き刺さる。
「んんっ、くう…」
「動けよ」
 意識が飛びそうだったが、言われるままに腰を動かした。黒澤の首に腕を回し、腰を押し付けて締め上げながら大きく上下に動く。
「……お前、ムショでどんだけ咥えた?」
「はっ、あぁ…、して、ない…です、誰とも…」
「冴島ともか?」
「…冴島さんは、そんなんじゃ、ない」
「そんな事言ってお前、あいつに惚れてんだろうが」
 黒澤の雄々しい形を体の奥で感じて言葉も詰まるが、必死に息を吸った。
「さあね…でもっ、してないのはホントですよ…あそこの人達、犯罪者の癖にっ、真面目な人ばっかで…」
 自分の好きな所に亀頭が食い込み、叫びそうになるのを必死で耐えた。
「だから俺、一年、ずっと、ガマンして…あ、んんッ、く」
 耳元で黒澤が笑いながら、両手で尻を鷲掴みにして揉む。
「…そうか、そりゃ可哀想にな。男が欲しくてたまらなかっただろ」
 まるで初めて喋った子供を褒めるように喉で笑い声を出し、黒澤が太腿をしっかりと撫で上げる。
 不意に下から突き上げられ、接点がぐじゅりと音をあげた。
「あっ、うあ、はっ…黒澤、さん、」
 濡れ切った太腿がぶつかり、平手を打つような卑猥な音を上げた。この冷たくも激しい愛撫を、自分は長い間待ち望んでいた。
「……どうだ?」
 黒澤の息遣いが激しくなる。
「あ、あぁっ、いいです、気持ち、い…ッ」
 首にすがりつき、泣き声をあげながら腰を揺さぶり、その肉棒を貪った。
 中の先走りがかき乱され、腹や太腿が泡混じりの白い粘液に濡れていた。それをなすりつけるように、黒澤のものを中で扱き上げる。
「あっ、はっ、早く、俺の中に…出してください」
「くくっ、どうしたよ」
「いいから、早く、っ…!!」
 これ以上何も考えたくなかった。
 下からの突き上げが、徐々に速く、規則的になる。肌に乗った汗の香りが、たまらなく心地いい。
 ……ここで何もかも捨てきる事ができれば、きっと自分は死んだように冷静な頭になれる。そう確信していた。

 背中を力強く抱かれ、どくりと黒澤のペニスが脈を打つ。大きな脈に合わせて、隙間なく繋がった部分に溢れるほどの精液が注がれた。
「はああっ、あっ、うあっ…!」
 トレンチコートに顔を埋め、肩口の布に噛み付いた。射精はまだ止まらず、接点からボタボタと溢れた精液が次々に太腿を伝って床に流れ落ちた。
 いつの間にか自分も絶頂に達していたが、それが惰性のように快楽を引きずり熱が消えない。
 黒澤をきつくくわえ込んだまま、気絶しそうになるのを必死に堪えた。
 腰が麻痺して、黒澤に張り付いたまま動くことができない。
「…気は済んだか?」
 やがて背骨を抜かれるように、肉棒をズルズルと引き剥がされるのがわかった。
 何も言葉を出せず、黒澤の姿がだんだんと遠いものになっていく。



 それから後の記憶は、ほとんどなかった。
 アジトとして与えられた部屋のベッドに横たわり、自分の意識を呼び起こした携帯の着信音をぼんやりと聴いていた。
 脳と体が、酷く重い。
 寝転がったまま携帯を手繰り寄せて開くと、黒澤からのメールだった。
 至極事務的な文面。自分がヒットマンとして遂行する内容に、変更が加えられている。
 それだけだった。

 ……これっきりだ、きっと。

 携帯を固く握りしめ、目を閉じた。
 服には黒澤の煙草のにおいがしっかり染み付いて、胸が引き絞られるような切なさと裏腹に、涙が出ない。

 その苦くも甘いものが、黒澤が自分に残した最後の香りだった。