シガーの煙をワインに吹きかけ、灰と赤が緩く蕩ける。マリアージュを愉しんでいた殺月さんが不意に腰を抱いて来たのは予想外だった。

 殺月さんが仕切っている会員制クラブは、男女の客がそれぞれ密接な距離感で言葉を囁き合っている。

 特にこのVIP席辺りは風営法が不安になるほど薄暗く、顔を近づけなければ互いの表情を認識できない程のムードがある。口づけを楽しむ事も、ある意味自然発生的な行為と言えた。

 殺月さんは耳だけではなく、唇にもピアスを通している。分厚くて柔らかい舌の熱と、金属の硬く冷たい質感は全く対照的だ。それがしきりに微かに唇や歯をかすめる度、腰にぞくりと甘痒さが走る。

「ん……殺月さん、どう、したんです」

「さっきの黒服が、お前の尻を見てた」

 唇が離れた隙間に詰って見れば、嘘か本当かもわからない、殺月さんらしい気まぐれで傲岸な理由を即答された。

 唇が首元へ移動した。犬でも宥めるように首の後ろを押さえつけられ、鎖骨へ繋がる筋に沿って肌をきつく吸われた。あまり派手に跡をつけないでほしい事を訴えようとするが、唇と繋がった硬いものがヒタリと肌に触れると、もう何も言えなくなる。殺月という名をした蛇の、獰猛な牙に狙われているような高揚感がたまらない。体が熱を持ち、スーツで身を固めているのが苦痛になってくる。

「ぁ、僕、いやです……もう」

「……これくらいで、か。中坊以下だな、堪え性の無さは」

 二人以外には聞こえない秘密の囁きに、甘さを期待するべきではなかった。反応しつつあるものを服越しに触る殺月さんの唇は、触れ合っているせいか可笑しそうに歪んでいるのがよくわかった。

 熱い粘膜の絡み合い、そこに入り込む無機質なものが、この戯れへの警鐘にも、また刺激にもなっていた。何てもどかしい。この檻のようなクラブを抜けて、早くあの広いベッドに押し倒して欲しい。霞みがかっていく頭にはそれしかなかった。

 

 夜が随分更け込んだ頃。

 ぐったりした身体で殺月さんの裸の胸にもたれ、ピアスを外したその唇へ無遠慮に触れてみた。

「ピアス、僕も空けてみたいですね」

「……ああ。アソコに空けてみたらどうだ?ダイドーだったか。かなりイキやすくなるみたいだな、お前みたいなのがやったら面白い事になるんじゃねぇのか」

 

 顔色を変えた僕に、殺月さんは「冗談だよ」と顔色を変えずに鼻で笑い伏せた。