久方ぶりに足を踏み入れた屋敷には、甘く酸いた白梅の香りが満ちていた。

まだ日が登りきらぬ藍色の真夜中。深海から見上げた水面に広がる無数の光のよう、白梅はどこまでも慶次の頭上に続いている。

黒い土をさくりと踏みつつ、慶次は歩いた。

 

特別美しい梅に囲まれた庭の前にくると、慶次は殊に歩みを緩め、忍ぶようにして梅の間に顔を出した。

屋敷を隠すほどの幾千に広がった梅の咲く庭に、白い着物の男が立っていた。

…利家だった。

利家はこの家の主であり、慶次の叔父でもある。

彼は紛れもなく武人であった。しかしその具足を脱ぎ棄てた姿は、今や彼が一個の武人である事もわからぬ程に面妖で、しばし言葉を噤む。

気高い梅が手足を伸ばして人の形を得たようなその佇まい。

彼だけがその場からふわりと浮いているような、夢現の人を見る心地がした。

不思議な雰囲気である利家は、ぼんやりと頭上に広がる梅の天井を眺めていたが、やがてふと目つきが不穏なものに変わった。

静けさに浸り放しで、利家がすっと息を吸う音までが、こちらに聞こえるかと思われた。

「…いつまでそこで見てるつもりだよ、慶次」

「……」

そのまま、こちらの顔も見ずに利家は続けて口を開く。

「用事がねぇなら、とっと帰れ。呼んだ覚えはねぇ」

これには慶次も鼻白んだ。

梅の枝をくぐり、頭にかすったものを手で掻き落とすと、白い花弁が慶次を笑うように足元へ落ちてゆく。

「呼ばれなきゃ、来ちゃいけねぇのかい。ここは俺の家でもあるんだがね」

「……相変わらず、勝手言いやがる」

「そう言う叔父御は変わったな。えらく痩せちまった」

ようやく、利家がこちらを見た。

慶次とてこの懐かしい郷へ、放蕩のついでに寄った訳ではない。

利家がこの頃、病に伏せっていると聞いたからだ。

見る限り、病の根は深く這って利家の身体を蝕んでいる。慶次ほどではないが恵まれた体は、しばらくみない内に一回り萎んでしまっていた。

ただ、慶次にくれる眼光はかつて向けられたものと変わらず、虎の様な険しさと気高さを損なう事は決してなかった。

「慶次…俺を笑いに来たのかよ」

「違うね」

一歩、近づく。

利家は動じない。

一歩、もう一歩、だんだんと寄る。

「…この期に積年の恨みでも晴らそうってか」

顔を軽く傾け、利家の据わった目が慶次へこれ以上の接近をさせまいと牽制する。

構わず慶次は無遠慮に手を伸ばした。利家がすばやく振り払おうとするが、それを軽くいなし、背中を抱いた。

「!」

利家の腰に腕を回し、そのまま大きく拾い上げて肩に担いだ。

「てめっ…」

「いいからついて来な」

彼に触れて、改めて落胆した。この身の何と軽い事かと。

いつか、気が落ちた利家をこうして水に投げ込んだ時はどうだったか。鎧兜の重さに加えて利家の若々しい健やかな重みをこの肩はしかと感じたはずだ。

それが今はどうだろう、猫でも抱くような気持ちさえして、虚しさに背がざわついた。

 

障子を押し開けて、そこへ顔を巡らせてにやりとした。

手ごたえのない体を青い畳の上に転がし、体の上に伸しかかる。

「俺の寝所、綺麗にしてくれてんだな」

「まつの奴が勝手に掃除してるんだ。誰も入りやしねぇのに」

「誰も入らねぇ、か…ははっ」

「…てめぇ…何考えてやがる」

「さぁて、今は、何も考えられねぇな」

何だと、と言いかけた利家の口を塞いだ。

顔を押さえて舌を吸い上げ、逃げるぬめりを絡め取り食うように唇を重ねた。

「っ、…!」

唇は熱い。その熱さが自分に似ている。繋がらない血の中に、どこか同類を思わす熱を感じて、慶次の目つきが暗くなる。

流石に咄嗟には手が出ないかしばらく舌を盗まれていた利家が、呻きながらも腕でこちらを押しのけようとする。が、退かせるつもりは毛頭ない。

「んっ、う、」

背ける顔を引き戻し、鼻筋を擦り合わせて更に激しく貪る。

生肉をねぶる獣のような気分だと思い、着物の胸に手を差し入れようとしたが、

「!」

口の中に熱い痺れが走った。利家が思い切り、慶次の舌に歯を立てのだ。

顔を離すと、下敷きにした利家の形相は仇敵でも拝むようなおぞましい色付き。引き攣った目尻は侮りの赤みが差し、濡れた唇はわなわなとして慶次に今にも罵声を浴びせんと構えているようだった。

唾液と混ざり利家の顔、首にぽたりと滴る濡れた赤に慶次は歯を噛みながらひそりと笑った。

「叔父御。俺はてっきり嫌がる力もないのかと思ってたぜ」

口に溜まった血を畳に遠慮なく吐き棄て、着物の合わせを剥いだ。強引に開いた胸へ手を差し入れて、肋骨の間に指を喰い込ます程強く撫ぜて行く。

利家が怒りに息を吐き、慶次の獅子色の髪を鷲掴み声を荒げる。

「てめ…冗談も大概にしろよ!」

「冗談だと思われてるんなら心外だ。俺は本気さ」

「んだと…」

「…俺は叔父御を抱き殺しに来たんだ」

利家の顔色が激昂に染まり、続いて横腹にどすりと膝が入った。

そう痛みを覚える程ではないが、ふと顔を落として見れば、利家の上がった腿が着物から大きく肌蹴ている。

それを腕に抱えて、露わになった膝の裏に顔を寄せた。

「…乱暴だねぇ」

筋肉と必要な脂肪が随分削げてしまった太腿を吸う。

「てめぇ、死にてぇのか…!」

「死ぬのはあんただ」

利家はなお腕を振り上げようとするが、慶次が太腿の奥にある一つの肉を手に握りこんでしまうと、にわかに顔色を変え、息を飲み体を硬直させてしまった。

「これでおとなしくしてくれるかい」

戸惑う顔を見ながら手を動かす。

「…く、」

羞恥の汗が利家の額に光る。

なつかしい肌のにおいが慶次を妙に苛立たせる。

「はぁ、っ…やめろ」

胸に拳を押しつけて、利家はどうしても慶次を払おうとする。ただ厚い掌が与える摩擦と指先の技で、利家は徐々に力をなくし、慶次に掴みかかる手は緩み女人のように胸にすがる形となってゆく。

ますます利家が欲しくなり、腰は抑えられないほど疼き始めていた。

利家の腰布を片手で解くと、信じられないものを見る顔をされるが、視線を遮る様に足を大きく持ち上げて、きつく締まった菊門に指を押し入れた。

「…っう、ぐぅっ…!」

利家の眉が大きく歪んだ。

「こっちはご無沙汰かい?えらくぎこちないね」

「触んな…っ」

「ま、その方が男は喜ぶだろうな。さすが叔父御はよくわかってる」

「は、あ…うう」

太腿を押さえて指の根元まで肉門に埋まり、される儘の利家は歯を食い苦悶した。

髪は汗で額にしっとりと張り付く。

病に冒されてなおその肉体の燃えるように熱い様を、指一本だけで痛いほどに感じた。

指を増やして、まるで陰茎で責め上げるように抜いては差す。腰がひくひくと跳ねているのがわかった。

「ッ…ぐぅ、あ、けっ…じ!」

怒りの漲った声で、腹から捻り出すように名前を呼ぶ。

それだけで、腹の奥底が焼けるように乾き上がる。こちらも帯を解いて、欲にそそり立った男根を利家の前に晒した。

目を見開いた利家が一瞬身を引くのを、がしりと腕で押さえつけた。

逃げられぬように腰をしっかりと押さえつけ、指を添わせて先端からずぶりと埋めて行く。

「い、ぅあっ…ああ」

若い頃からさんざ男を知りつくした部分だ。受け入れ方は心得ているようで、誘う様に腹筋が動き、難なく慶次を飲みこんでくる。

奥まで腰を沈めると、腹を引き攣らせて利家が息を吐いた。

「久しぶりの男の味はどうだい、叔父御」

聴きたくないように顔を背けるので、無理矢理掴んでこちらを向かせた。

額には血管が浮き、朱を濃くした唇は恥辱に震えている。

「文句も言えないくらい、善いって事だな」

「…抜けよっ…」

「ここは、欲しそうだがね…」

利家の腰を抑えて陰茎をずるりと抜く。そして、頭が抜けきる寸でで再び押し込む。

「ッ、ああ、」

利家の喉から短い悲鳴が漏れた。

思った通りにすんなりと飲み込むので、すぐに抜き差しを始める。

入口はきつく、中の締め付けも強烈だ。

数多の男が、この秘められた壺に夢中になった事だろう。今更ではあるが嫉妬も滲みいでてくるものだ。

その足を高く持ち上げて、利家にまたがり牙を突き立てるようにずぶずぶと責める。

「う、あっ、…んんっ…!」

激しい揺さぶりに、利家は顔をのけぞらせて喘ぎ、擦れた髪留めがぶつりと外れた。鳶の翼に似た長髪が、たちまちと畳に広がる。

見降ろす顔は懸命に責めに堪えており、それがまた艶だ。情交がだんだんと体になじんできたらしい。

しかしもっと激しく抱かねば、堕ちきる事はないだろう。

慶次は肉棒で繋がったままそのまま背を抱きかかえて立ち上がる。

「はぁっ、何、しやがる気だ…」

構わずに壁に押さえつけ、壁の間に利家の身体を挟んだ。

浮いた利家の両脚をしっかりと腕に抱き、そのまま下から突き上げる。

「あ、ああっ!ひい…い」

壁に挟まれ、下から男根に責め上げられる苦に利家の口から苦悶の悲鳴が漏れた。

ぎしぎしと壁が軋み、利家を押さえつける事が愉快で、いっそう体の芯はいきり立つ。

生まれてこの方、慶次はふくよかな女体を好み、幾多の女を抱いてきた。

慶次の荒々しい愛撫を強く包む利家の体を知り、慶次は今までにない昂ぶりを覚え、夢中で責めた。これが女なら、もうとっくに壊してしまっているだろう。

利家の身体が浮く程強く押し上げ、落ちる所にまたこの熱い肉を突き入れる。菊門からは慶次の先走りがぬるぬると溢れ、繋ぎ目がぶつかるたびに粘った音をあげた。

「はあっ、慶次、…っ慶次…い」

がくがくと揺さぶられながら、利家が泣き声のように叫んだ。

「…そうだ、もっと俺を呼んでくれよ」

利家にしか聞こえぬよう、耳元でそっと囁く。

聞こえたのか、聞き入れてはくれなかったのか。利家は何も答えなかった。

「…今まで何人の野郎に抱かれたかなんて、そんな野暮な事は聞かねぇ。…だが、あんたを最後に抱くのは俺だ」

「…あぁ、あっ…何、で…っ」

「あんたは俺のここで死ぬんだ」

首に顔を埋めて、ひと際強い律動を与えた。

利家の身体を責める早さがみるみる高まる。

たまらず慶次の太い首に腕を回し、利家は髪を乱して善がった。

「ぁあ…あ…いっぁああ、うあぁ…っ」

揺れる度に弾むような声を上げていた利家も息が続かなくなり、ひたすらに長い悲鳴になる。

腹を破るほどの激しさで体をぶつけ、最後の一突きでついに極みに達した。

「あぁ、叔父御…っ」

利家の尻を掴み、中に肉根をしっかりと差しこんだまま惜しみなく種を注ぐ。厚い肉に包まれどくどくと男根は脈打ち、まるで利家を孕ます気であるようだ。たっぷりと注いだあまりに、接点からぐじゅりと白濁が溢れ落ちた。

存分に放ち終わり、利家の中から名残惜しくもずるりとそれを引きぬく。利家を腕に抱いたまま、精液にまみれた男根を着物の裾で拭った。

「はぁ、はぁ…っ」

息をつき、がくりと慶次から顔を背けるようにうなだれる利家。髪を梳きながらこちらを向かせると、顔は熱く火照っていたが、目は開ききらず、この情交で芯から搾り取られたように生気が消えていた。

「…叔父御」

頬を軽く叩くと、わずかに唇が震える。それだけだった。

慶次の胸に、鉛の如く重い影が差した。

 

 

 

夜の帳は、いまだ明けてはいなかった。

先刻まで利家が佇んでいた庭の縁に足を投げ出し、膝の上には利家の頭を乗せた。

横たわった体は動かない。

ぼんやりと、頭の上に広がった梅景色に目を馳せる。

…好んで前田の家に来た訳ではない。好んで義父に愛され、利家の立場を追い詰めた訳ではない。巡り合わせは酷なものだ。

利家に誰より恨まれ続けたこの自分が、最後に求めたのは利家の心だった。

年を重ね、病に冒された体。しかし、最後に開いた花は甘美であり、慶次を狂わせる程に乱れ咲いた。

早々と手を出してはならぬと決めていた。利家がここまで熟す時を、慶次は密かに待っていた。

梅は青ければ青い程に、毒なのだ。

 

黒い空いっぱいに広がる白い海。びっしりと咲いた梅が夜風にもがれて、はらはらと散る。

雪でもあり、雨でもあり、涙でも言葉でもあるように、それは次々に慶次の頬をくすぐった。

「…畜生が…」

ぼそりと呟く声。そして声ではない熱い雫が、眠る利家の頬に落ちては流れていった。