夜の更け込んだ事務所。時間はまもなく二時になろうとしている。

 殺月は日頃懇意にしている組へ横流しする裏ビデオを、数十本パッキングしていた所だった。本来こんな日銭にもならない作業は下の人間を使ってやるべきなのだが、今日は偶々人が出払っている。指定日は明日とあったため、殺月が自分でやっておくのが妥当だと判断した。

 昔から裏ビデオどころか、AVの類いには全く興味がない。普通ならあり得ない状況やプレイを疑似体験して性欲を満たす事が目的なのだろうが、殺月は生憎これらの非日常的シチュエーションを実現できる地位に早くから鎮座していた。

 こういったビデオが後々押収される事を考えると、警察にはつくづく同情する。無修正のAVを一本一本確認する作業と聞けば、仕事とは言え男として少なからず興奮が先立つ。しかし、ガサ入れの対象になる業者は千本を超える量を所持している事も珍しくない。何日も確認のために見続けていればそのうち胸焼けがして、しばらくは嫁や女の警官の生脚を見るのも嫌になるだろう。

 

 裏ビデオの制作業者は大手メーカー程、撮影機材や小道具、デザイン諸々に金をかけていない。パッケージのタイトルのセンスやフォント、全体的なデザインはVHSで時代が止まっている。それに近年はネット視聴が大きくシェアを占めているので、ディスクが出回る事はあまりない。殺月も久々にDVDを目にして多少なりとも驚いた部分はあった。

 日本産はロリータものや女子高生が人気だが、どれも同じようなジャケットを仕分けていると、一つ目に留まったものがあった。

 タイトルは「便利屋Kちゃん」。何処かで聞いたような陳腐さが拭えないが、パッケージに座り込む少女はセーラー服姿で、スカーフが解けて痩せた胸元がはだけている。丈が長めのスカートから裸足を投げ出し、哀しげな目でこちらを見上げる構図だ。肩に触れるくらいのウェーブがかったしっとりした黒髪が、額の真ん中で几帳面に分けられている。それに化粧っ気のない不健康な白い肌、切れ長の目、アンニュイな薄い唇。

「……」

 手に取ってしばらく考えたが、興味本位で再生してみた。

 内容はシンプルなもので、学校では成績優秀かつ地味な女子生徒が、病気の家族の治療費欲しさに援助交際を繰り返し日銭を稼ぐという、なんとも涙ぐましい内容だ。演技は極めて自然だった。男と待ち合わせてラブホテルに入ると複数の屈強な男が待ち構えており、入れ替わり立ち代わりでレイプ紛いの行為を強要される。素人ゆえにプロのような甲高い嬌声ではなく、少し低めの堪えるようないじらしい喘ぎ声で、所々が涙混じりだ。ぎこちないながらも騎乗位をこなしたり、男の律動に合わせてくびれた腰を淫らに振ったりと、男の劣情を煽るには十分な色気を匂わせている。

 下半身には「くる」ものがあったが、それより無性に腹が立ち、こめかみの血管がみるみる膨張してくる。理由は、再生する前から薄々感じてはいたのだが。

 そこへ電話。コウメイだった。

「殺月さん、今お時間よろしいですか?」

「ああ?何だ!」

「ひっ……いえ、渉外を終えまして、今事務所の近くにいるので……お邪魔でなければ、寄ってもいいでしょうか」

 度し難い苛立ちが、少しずつだが濁った企みに変わっていく。

 こんな時間に人の事務所に来たいとほざく空気の読めない阿呆。それに瓜二つの女が陵辱の限りを尽くされる映像を見たら、一体何と言うだろうか。

「……いいだろう。俺もちょうど、お前に見せたいものがある。早く来いよ」

 電話口のコウメイは、これからどんな目に遭うかも知らずに「すぐに来ます」と浮ついた調子だった。

 電話を切ったあと、リモコンを手に取り、映像の一番始めの部分へ巻き戻しておいた。

 

 ……早くザマを見るといい。