●SUIT ME?

「考えてみたら、スーツほど保守的なファッションはないよな。スーツの中でも他の奴らとは違う、世界が違う!ってやつ、何だと思う?」
 いつだか投げた質問の回答を、馬頭はある日俺をフィッティングルームに放り込んで突きつけてきた。
 言われるままに着てみると、なるほどだ。
「どうだ」
「マオカラーかよ。確かに世界違うけど…お前ん家マフィアか何かなの」
「だったら?」
「…いや、あの、目が怖えよ。半分だけ疑っとくわ」

 全身黒は固過ぎない?と聞くと、それくらい固い方がユルい脳味噌がこぼれなくていいだとか余計な事を言いながら、馬頭は俺の着こなしをジッと精査している。一応、真剣に見てくれているようだ。
「きっちり着るタイプだけど、基本ノータイでいい。何かつけたいならカフリンクスとかだな」
「へぇー」
「あと、襟、詰めとけ」
「詰めた方が似合う?」
「……」
 何も答えずに襟を詰めてくる馬頭の指は冷たい。初めて触ったのは、こいつの好きな中華屋で飯を食った後、ライターを借りた時。
何て冷たい奴なんだ、と言いかけてやめたのを覚えている。俺はその時珍しく言葉を吟味した。
 目線の幾つ分か低い馬頭の顔が俯くと、白に近い銀髪が根元から生えているのがよく見えた。
 不思議な色は髪だけじゃなく、漂白されたように全部が真っ白い。
馬頭はこの特異と言える容姿でどんな少年時代を過ごしたのだろう。

 襟をきっちりつめた手が、ポンと数回肩をはたいた。
「よし、悪くねぇ」
 俺が見つくろっただけはあるな、と微笑する馬頭に、ついつい頭に浮かんだ事をそのまま口にした。
「馬頭、奥さんみたいだな」
「…何言ってんだ?」
「…何言ってんだろ」



●OOPS!! KITTY CHANG

「おっ、猫だ」
「ニャーン」
「猫ちゃーん、おいでー」
「ニャーン」

「警戒してんのか?ここはソーッと近づいて…」
「待て辰巳、こいつがある」
「…何でお前カマボコ持ち歩いてんの?」
「細かい事はいい。そら、チッチッチッ…」
「ニャー…」
「…おい、来ないじゃん」
「クッ、こんなはずは…」
「ニャー…」
「…何かアイツ、野良のくせにスゲー太ってんな」
「ここらに住みついてたら自然と飽食になるんだろ。一本98円の風味カマボコ如きじゃ心は動かせねぇか…」
「ニャーン」
「おい馬頭、アイツ向こうに行っちまうぞ」
「フン…仕方ねぇ、また明日にでも…」

「はいはいチッチッチッ…ほーら、おいで~。にゃん太郎の好きな北海松葉ガニほぐし身でちゅよ~~~」
「ニャ~~~ン!!!」

「だ、大…兄…!!」
「おい、誰だよあのオッサン!カニは卑怯だろカニは!おいオッサもごごっ」
「(…いいか辰巳、俺達は今日ここで何も見なかった…そうだな!?そうだろ!?)」
「(…コクコク)」
「(ならばよし。撤収だ)」



●マインド・ブラッド

「なぁ馬頭」
「あ?」
「よくお前みたいな奴の事をさ、「血も涙もない」って言うじゃん」
「ぶっ飛ばされてーのか」
「それがな、テレビでやってたんだけど、血と涙って元々は同じ成分でできてるらしいんだよ。
血から赤色を取ったのが、涙になって流れてくるんだって。すげー!すげーよな!人体ってすげーよな!」
「そうだな」
「おい馬頭…何で驚かないの?」
「知ってるから」
「……」
「……」
「…えっと…だから、泣き過ぎはよくねーんだぞ馬頭」
「何でだよ」
「お前は俺が大好きだろ?だから、俺がいなくなっても泣くなよ。泣き過ぎで血が全部なくなって、そのー、失血死したら大変だからな」
「…そういうのは女に言ってやれ。アホなお前への同情の涙が誘えるぞ」
「うるせっ!」

(そう言えば、涙なんてものはすっかり忘れてしまった。
あの日から心が枯れてしまったのか、それともお前が言う、失血死とやらに至ってしまったのか。
どっちでもいいけど、今はほんの一瞬でいいから泣いてみたい。
お前が俺を見て笑うくらい、馬鹿みたいに泣いてみたい。)